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人生100年時代、働き方はマルチステージへ

ワーカー、家族、企業、政府に求められる変化とは

[リンダ・グラットン]ロンドン・ビジネススクール教授

2016年10月、WORKSIGHT LAB. エグゼクティブセミナー「THE 100-YEAR LIFE~100歳まで生きる時代のワークスタイル~」にて、『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)――100年時代の人生戦略』を執筆したリンダ・グラットン氏の講演会が開催された。(主催:コクヨ株式会社)

グラットン氏の講演内容を前編(本編)で、その後に行われた予防医学研究者・石川善樹氏とのトークセッション内容を後編で紹介する。

世界では長寿化が急激に進んでいます。過去200年のデータを見ると、10年ごとに寿命が2年ずつ延びています。これは1年が14か月に延びること、あるいは1週間が9日に、1日が30時間になるのと同じです。

先進国では1967年生まれの半数は91歳まで生きると見込まれます。1987年生まれは97歳、2007年生まれに至っては2人に1人が103歳まで生きることになります。日本の場合はさらに長寿で、2007年生まれの半数が107歳まで生きると予測されています。人生100年時代は私たちが思っているより速く、驚くべきスピードで進行しているのです。

できるだけ長く、健やかで生産的に生きていくために

日本は長寿国であると同時に、出生率が低い国でもあり、2050年には老年従属人口指数が世界で最も高まります。つまり、少ない数の若者で多くの老人を支えていくことにかけて世界一となるのです。

寿命が延びると聞くと、健康や生活資金、介護などの不安を感じる人も少なくないでしょう。でも長寿化は素晴らしい恩恵です。長生きするということは、それだけいろいろなことをするチャンスが巡ってくるということだからです。例えば寿命が70歳だとすると、一生に過ごす生産的な時間は12万4800時間となります。80歳まで生きるなら15万6000時間、100歳までとなると、21万8000時間にも増えるのです。

まずは長寿をポジティブにとらえること。国民1人ひとりができるだけ長く、健やかで生産的に生きていくことが状況を打破する鍵です。どれだけの時間を、どのように使っていけばいいのか。それを詳しく述べたのが新著『ライフ・シフト』です。ここではその内容をかいつまんでご紹介します。

引退後に余生を楽しむ人生モデルの終焉

人生100年時代の到来はさまざまな変化を引き起こします。その1つとして予測できるのは、日本を含む先進各国で人々がより長く仕事を続けることになるということです。モデルケースを使ってシミュレーションしてみましょう。

1971年生まれのジミーはいま40代です。65歳で引退し、この年代生まれの平均寿命に当てはめて2056年、85歳まで生きるとするとリタイア生活は20年にもなります。老後は最終年収の50パーセントで暮らしていくと想定した場合、毎年の所得の17.2パーセントを貯蓄し続けなければなりません。これは到底無理な話ですし、企業年金や公的年金も盤石とはいえません。

ではジミーはどうすればいいのでしょうか。できることは2つあります。1つは、65歳で引退する代わりに老後の生活レベルを下げること。もう1つは、引退の年齢を引き上げることです。世界にはジミーのような人が大勢いますが、多くの人が2つ目の選択肢を選ぶことになるでしょう。65歳という高齢を迎えて、働きたいからという理由で働くのならともかく、生活のために働かざるをえない人がたくさん出てくるわけです。

もう少し年下のジェーンはどうでしょう。1998年生まれで、100歳まで生きると仮定します。彼女も65歳で引退するとしたら、老後生活は35年に及びます。これを実現するには給料の25パーセントを貯蓄に回さなければなりません。極めて非現実的な話です。

ということはつまり、ジェーンもより長い期間働かなければならないということです。貯蓄分を10パーセントに抑えたとしても80歳まで仕事を続けなければなりません。これは決して荒唐無稽な話ではないのです。実際、アメリカでは多くの人が年金生活に入れず、死ぬまで働かなければならないだろうという研究結果もあります。

長寿社会とは、より長く働く社会でもあるということです。引退後に余生を楽しむという人生はもう終わり。60代、70代の人は“ご隠居”ではないのです。80代、あるいは90代だってそうです。年齢に関してのステレオタイプを取り払っていかなくてはいけません。

「教育」「勤労」「引退」の3ステージからマルチステージへ

より長く働くためには、今の働き方を変える必要があります。今まで、人生のステージは「教育」「勤労」「引退」と3つに分けられてきました。教育期間を終えるとフルタイムで働き、次はフルタイムで引退生活を送るというものです。大学をみな同じ年齢で卒業し、同じような年齢で結婚し、子どもを持って、そして昇進して引退するという予測可能な人生のモデルがあったわけです。

しかし、今後これは成り立ちません。みんなが同じ時期に同じことをする一斉行進の時代は終わり、世界はマルチステージの人生に変わりつつあります。1人ひとりが違った働き方を見出し、また人生のイベントの順序もそれぞれ違ってきます。自分にとって理想的な人生を追い求めていくことになるのです。

人々はより多くのステージを経験することになるでしょう。例えば、旅や留学などを通じて幅広い進路を探る「エクスプローラー(探検者)」、自由と柔軟さを求めて小さなビジネスを起こす「インディペンデント・プロデューサー(独立生産者)」、さまざまな仕事や活動に並行して携わる「ポートフォリオ・ワーカー」などです。そして、こうしたさまざまなステージを行ったり来たりする「トランジション(移行期)」も必要となります。

長時間労働は健康や生産性に悪影響を及ぼすだけでなく、個人的なビジネスを実験的に立ち上げるとか週末に仕事以外の活動に参加するといった、人生のイノベーションを起こすための時間を捻出しにくくなるという弊害も巻き起こします。80歳まで働き続けるには、幾度かの移行が必要であり、そのための時間を確保しなければならないのです。


ロンドン・ビジネススクールは英国・ロンドンにあるビジネススクール。世界で最高位のビジネススクールであり、MBAプログラムや金融実務経験者を対象としたマスターズ・イン・ファイナンス(MiF)プログラムは世界トップレベルと評価されている。
http://www.london.edu/


『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)――100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社)はリンダ・グラットン氏とアンドリュー・スコット氏(ロンドン・ビジネススクール経済学教授)の共著。寿命が100歳に延びる時代を戦略的に生き抜くため、どのように生き方、働き方を変えていけばいいかを示している。


講演会の様子。会場は満員となり、注目の高さをうかがわせた。

長寿社会では無形資産が強み。
生産性、活力、変身する力を養う。

長く働くために働き方を変えようとするとき、より重視されるのが個人の無形資産の構築です。

資産とは時間を通して価値をもたらすものであり、これまでは主に現金や家財、不動産、株式といった有形資産を指してきました。こうした有形資産は今後ももちろん有用ですが、長寿社会では無形資産を持つことが強みとなります。

無形資産の種類としては3つ挙げられます。1つは生産性を高めるものです。例えば、価値あるスキルの生涯学習、メンタリングやコーチングに寄与するような自分のプラスになる人間関係の維持、そして会社や組織に頼らない自分自身の評判が該当するでしょう。

2つ目は活力の維持です。100歳まで生きる、そして長い年月働けるようにするには当然でしょう。運動や食生活に注意すると同時に、適切なストレスマネジメントの実践も求められます。例えば友人をたくさん作ることも大きな意味があり、孤独で寂しく暮らす人より、仲間と楽しい時間を過ごす人の方が長生きします。

無形資産の3つ目として、変身する力も身につけておきたいですね。長い人生を歩んでいくとき、ずっと同じ人間でいるわけにはいきません。同じ会社に居続けるわけにもいかないし、年を重ねれば体も変化します。70代や80代でも生き生きしている人は、そういう変化についていける人たちです。世界に対してワクワク感を忘れずに変わっていく活力ある人、変身する力のある人こそ長い人生を充実させることができます。

そして変身を遂げるには、まず自分と向き合うことです。組織やグループの一員ではなく、個人として自分を見つめるのです。また、多様性に富むネットワークも変身する力を高めます。特に自分と違う年代、性別、仕事、国の人と交わることが大切です。自分に似た人とばかり交わっていたのでは現状を維持するだけです。いろいろなタイプの人と出会い、ロールモデルを得ることが変化のきっかけになります。

家族の構成は急速に変わりつつある

家族のダイナミズムも変わっていくでしょう。誰か1人が大黒柱として一家を養いながら、なおかつ変身も遂げていくというのは無理な話です。共働きを望む若者が増えていますが、これは賢明なことと思います。どちらかが働いて、どちらかが学校で学び、それを交代で行うシーソー的な夫婦関係もあり得ます。

そういう考えが主流になれば、企業側も男性と女性が共に働き、共に家事や育児を担う仕組みに対応していかなければなりません。子どもを持たない夫婦も増えていくでしょうし、働く女性の増加も今後いっそう見込まれます。

すでに新しいパートナーシップのモデルが生まれて、家族の構成は急速に変わりつつあります。女性の労働力率を見てみると、一番割合が高いのはノルウェー、スウェーデン、デンマークといった北欧の国々です。日本や韓国は低いです。北欧は法制度が整備されていますし、子育てケアの支援も厚いうえ、働く女性に対する社会的偏見もありません。そうした環境づくりが女性の社会進出には不可欠といえます。

刷新を迫られる企業の人事制度

企業も多様性への対応を迫られます。みんなが同じ仕事を同じ時間に行う労働形態は、全ての従業員を十把ひとからげに扱えるので企業にとっては好都合でしたが、こういう働き方は終わりを迎えるでしょう。多くの国でいろいろな種類の働き方、働き手が出てきます。

人口動態的に見ても女性参画率は高まるでしょうし、年齢の高い労働者も増えてきます。共働きも増えるでしょう。労働形態も多様化して、フリーランスの働き手やジョイントベンチャー、マイクロアントレプレナーの数も増えると思われます。OECD諸国においては、従業員数10人未満の企業が9割を占めます。テクノロジープラットフォームを生業にする企業が多く、イノベーションに大きく寄与しています。多様性がイノベーションを生む土壌になっているのです。

さまざまな人がそれぞれに違う見方をしてネットワークが広がり、人材のエコシステムが育まれます。人が100歳まで生きる時代になると、もっとイノベーティブに、そしてクリエイティブに貢献する機会が増えることでしょう。より面白い仕事に出合うチャンスも増えるはずです。

そういった意味で、企業の人事制度も新しくしていく必要があります。新入社員が大学を出たばかりの若者とは限らなくなるでしょうし、一度退職した人が戻ってくるケースもあるでしょう。働いている途中で学びのステージに立ち寄り、スキルを再構築する人も出てくるかもしれません。

さらにいえば、引退年齢もなくなるかもしれません。60歳になって生産性が落ちる人も確かにいるかもしれませんが、それは一握りに過ぎないでしょう。それなのに60歳をひとくくりに定年とするのでは、企業にとっても損失を招くと思います。

80歳代まで生産的に働き続けるには政府の後押しも必要

政府も根本的に政策を見直していくことになるでしょう。日本の政府は高齢化に向けて世界でも先進的な取り組みをしていますが、人々が80歳代まで生産的に働き続けるにはさらなる後押しが必要です。例えば、年金に代わる経済基盤をどう作るか、多世代を支える生活資金をどう構成するか、さまざまな観点があると思います。

寿命が100年に延びる時代がやってくる。それは社会に一大変革をもたらします。個人も家族も企業も政府も、みんな変わっていかなければならない時代がもうすぐそこまで来ているのです。

変化はチャンスでもあります。いまみなさんの目の前にはさまざまなチャンスがあふれています。もう一度人生を再設計できるということです。前回の本、『ワーク・シフト』では働き方の再設計を提案しましたが、今回の『ライフ・シフト』では人生に関しても再設計できるんだということをお伝えしています。

私たち、そして子どもたちに対して、人生を再設計する素晴らしいチャンスが今まさに到来しているのです。そのことを理解し、前に進んでいくための一助としてこの本がお役に立てばうれしいです。

WEB限定コンテンツ
(2016.10.25 中央区のベルサール汐留にて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri


「THE 100-YEAR LIFE」のウェブサイト。リンダ・グラットン氏とアンドリュー・スコット氏による、人生100年時代の生き方や働き方について探るサイト。無形資産の有用性を診断するテストは1万人が受けたという。
http://www.100yearlife.com/

リンダ・グラットン(Lynda Gratton)

ロンドン・ビジネススクール教授。人材論、組織論の世界的権威。2年に1度発表される世界で最も権威ある経営思想家ランキング「Thinkers50」では2003年以降、毎回ランキング入りを果たしている。フィナンシャルタイムズ紙「次の10年で最も大きな変化を生み出しうるビジネス思想家」、英タイムズ紙「世界のトップ15ビジネス思想家」などに選出。邦訳されベストセラーとなった『ワーク・シフト』(2013年ビジネス書大賞受賞)などの著作があり、20を超える言語に翻訳されている。

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