Foresight
May. 7, 2013
イノベーションを育むマネジメントとは?
性善説の考え方が人や組織を伸ばす
[本荘修二]本荘事務所代表 多摩大学大学院客員教授
――日本の大企業でイノベーションが生まれにくくなっている。シリコンバレーから何を学ぶべきか。
イノベーションを生み出すフィジカルな「場」は大切だが、あくまで主役は人間だ。子どもが親や先生などいろんな人とぶつかりあって育っていくのと同じことが、会社が生まれ育っていく過程でも起こる。個人が自力で何かを開発したり、アイデアを出したりするのは限界があり、メンターや仲間との出会いは大切だ。シリコンバレーには、人と人とがつながって、助け合うというエコシステム(生態系)*がある。そこが日本との決定的な違い。
たとえば、シリコンバレーではシスコのM&A部隊とマイクロソフトのM&A部隊で仲が良い連中がいて、ビールを飲みながら情報交換をしている。転職しても「今日から敵だ」とシールドを引くのではなく、つながり続ける。もともとシリコンバレーは、フェアチャイルドという半導体の会社のOBたちが分家のように起業し活況を呈した場所だから、会社が違っても、お互い教え合ったり技術を高め合ったりするカルチャーが根付いたのかもしれない。
――シリコンバレーではどのようにして人がつながっていくのか。
シリコンバレーはすべての人を受け入れるコミュニティではない。当然、付き合う相手は選ぶ。そこで人とつながるには「選んでもらう」という姿勢が重要だ。具体的には相手に「おもしろい」「また会いたい」と思ってもらうには、フックが必要になる。フックは何でもいい。技術に強いでも、パンを焼くのがうまいでも、構わない。僕の場合、着物でパーティーに行けば、それだけでつながれる。「おもろいやっちゃ」と思ってもらえる個性や工夫が必要だ。
――そもそも日本の大企業は社員が社外の人間とつながることをあまり好まない。
大企業では「社外のミーティングに参加したい」と言っても簡単には許してもらえない。日本の職場の自由度は国際的に見てきわめて低いのが実情だ。社員が会社の外に出て、多様な人がいる場所に行って仕事をすることを、企業はもっと認めたほうがいい。外に出てサボるつもりだと疑うよりも、性善説で社員は会社のプラスになる活動をしていると信じるべきだ。
米リンクトイン社のリード・ホフマン**会長は自分自身に投資せよと言うが、人に投資するのが大切だ。社員が外とつながることは、短期的なメリットは少ないかもしれないが、会社の将来を作るためには欠かせない。
――大企業であれば、外に出なくても企業内でエコシステムが構築できるのでは。
1万、10万人の巨大企業であれば、理屈では社内で再現できるだろう。問題は、企業内のグループをどう活性化させるかだ。もともと日本的経営という言葉には、欧米社会が失った共同体を日本の組織が持っていたことに対する羨望が込められていた。かつて日本企業には「飲みニケーション」があり、酒を飲みながらベテランが若手に仕事を教えたり、結婚相手を紹介したりといったことがあった。そこに戻れとはいわないが、ファミリーの結束が強まる良さはあったと思う。
*エコシステム
本来は生態学の用語で、食物連鎖など生物と環境を1つのシステムとして捉える考え方。ビジネス用語としては「複数の組織や企業、消費者、社会全体を巻き込んだ協調関係」を指す。
**リード・ホフマン
共著書に『スタートアップ! ― シリコンバレー流成功する自己実現の秘訣』(日経BP社)。
性善説のマネジメントが
社員のコミットメントを高める
しかし今、日本の社員と会社との一体感は先進国中で最低レベルにまで落ちている。一方、アメリカでエクセレントカンパニーといわれる企業は、社内コミュニケーションをかなり重視している。社内に多様な人種がいて、グローバルに展開しているから、コミュニケーションに注力しなければ人心がバラバラになるという危機感がある。
対して日本企業の社内コミュニケーションは、本社から情報をポンと出すだけ。それで、読んでいないのが悪いと言われる。日本人同士だから、という同質性の錯覚にあぐらをかき、中途半端にアメリカ流経営を取り入れたことも日本的経営を劣化させた。
――今後はますます、社内外とのコミュニケーションが重要になっていく。
大企業の人事部は、ここ20年ほど似たような人ばかり取ってきたが、組織はいろんなコンビネーションで元気が出てくるものだ。IQが高い組織であっても、嫌いな人同士がだんまりと仕事をして上手くいくわけがない。たとえばP&Gは「相互に助け合う」ことをコアバリューの一つに掲げ愚直に実践している。協力し助け合う組織はうまくいくことを知っているからだ。
――日本企業に漂う閉塞感を打破するにはどうすべきか。
プロの経営者がいれば、彼らを雇って改善することもできるだろうが、日本のコミュニティには失敗の経験もあれば成功の経験もあるといったプロの経営者がプールされていない。それに会社のカルチャーをいきなりひっくり返すことは難しい。ステップ・バイ・ステップで小さな集団から活性化し、元気な活動を増やしていくことだ。
「会社を変える」と言葉にするだけでなく、制度や人事考課、業績評価などでも新機軸を打ち出していく。カルチャーチェンジはレクチャー型で訴えるのではなく、ベストプラクティスを取り上げ現場で議論させるなど、ワークショップ的な活動が必要だ。中間管理職やベテラン社員など古いカルチャーに染まっている人たちを「お前はだめだ、古い」などと、なじるのは禁物。「あんた、捨てたもんじゃないね」と、長所を見つけ引き出すことが、大事になる。
――社員の人とつながろうという自発的な行動を促すにはどうしたらいいのか。
通販で急成長中の米ザッポス社には「10のコアバリュー」という社員の行動指針がある。きわめて明確に行動方針を出すがゆえに、一人ひとりの行動が自由になることはあると思う。自由を認めるには、人は間違いを犯すということを前提にすることも必要だ。日本の大企業では、失敗は出世ルートからの脱落を意味する。それではリスクを取って新しいことにチャレンジしよう、という気概はなかなか生まれない。10割成功する新規事業など、売り上げの規模も知れている。次世代の事業の柱となるような新規事業を育てるには、人にも研究開発にも、それなりの投資が必要だ。日本の企業はそこに気が付きはじめた段階ではなかろうか。
WORKSIGHT 03(2012.10)より
上の図は、タワーズワトソン社が従業員のエンゲージメント度合いを調査したもの。世界各国に比べ、日本の社員は自社の目標や目的へのコミットメントが低いという結果が出ている。
本荘修二(ほんじょう・しゅうじ)
本荘事務所代表、多摩大学大学院客員教授。1964年生まれ。東京大学工学部を卒業後、ボストン・コンサルティング・グループに入社。ペンシルバニア大学でMBAを取得後、CSK/セガグループ会長付、ベンチャー投資会社の日本代表を歴任。早稲田大学博士(学術)。アントレプレナーシップやイノベーションの研究成果を発表しつつ、経営コンサルティングや日米企業のアドバイザー、執筆、講演活動を行っている。『大企業のウェブはなぜつまらないのか』