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大学構内を拠点にした研究開発で若いアイデアを積極的に吸収

学生・研究機関・企業とのコラボレーションでイノベーションを実現

[カーファー・トズン]SAP Innovation Center MD所長

SAPは、世界中のさまざまな業種の企業に対して、オフィスや倉庫、店頭などで業務を効率化するデスクトップおよびモバイル環境を構築し、より的確なビジネスを可能にするソリューションを提供してきました。その研究開発の舞台としてもっとも新しい施設のひとつが、ここSAPイノベーション・センターになります。

SAPイノベーション・センターは、ポツダム大学の敷地内に2012年に建てられました。大学の敷地内には、ハッソ・プラットナー・インスティテュート(Hasso Plattner Institue 以下、HPI)があり、イノベーション・センターはこのHPIの構内に位置しています。HPIとは、ハッソ・プラットナー教授が設立した研究施設で、彼はSAPの設立者の1人になります。

我々が大学の構内に研究施設を作ることにしたのは、若い学生達にSAPの研究の場を開き、彼らと密に研究活動をするためでした。学生達にこのオープンな環境に来てもらい、実際にSAPが手がけているプロジェクトに基づく研究テーマに取り組んでもらい、共同で研究を進めていくことが、そのねらいです。

学生とのイノベーションから事業の柱が誕生

イノベーション・センターを設立するきっかけになったのは、SAP HANA®の誕生です。SAP HANAとは、膨大なデータを画期的な速度で処理できるインメモリーです。SAP HANAを活用したプラットフォームでは、これまでは考えられなかった速度とボリュームでクエリーを実行できるようになります。これにより、データ処理の工程がより迅速になり、スピーディーな分析やレポート作成、意思決定などが可能となりました。

SAP HANAは、学生との研究を通して生まれ、実際にソリューションとして市場まで到達し、いまでは主力ソリューションとして、SAPを支える柱になっています。SAPの歴史上、もっとも成功したイノベーションと言っても過言ではありません。この経験を通して、私達は、若い学生とオープンな環境で密接に働くことに大きな価値があることを学びました。そこで学生とのコラボレーションをより大きなスケールで進めていくためにSAPイノベーション・センターが設立された、というわけです。これによってSAPは、より多くのアイデアとプロジェクトを手がけ、ソリューションとして市場に提供することが可能となりました。

SAPは、ドイツのヴォルドルフに本社を置く世界第3位の規模を持つソフトウェア会社。1972年に設立し、65000以上の従業員を擁し、130カ国以上にオフィスを配してビジネス・アプリケーション、データベース、クラウドサービスなどの開発、コンサルティング、ITソリューション、トレーニングサービスの提供などを行っている。写真はイノベーションセンターが入っている建物。
http://www.sap.com/

若く自由な発想で満ちた場に
企業の経験・実績を持ち込む

研究開発を大学とのコラボレーションで行う大きなメリットは、斬新なアイデアを採り入れることができる点にあります。私達は何年も同じテクノロジーを使いながら仕事をしてきており、それに慣れてしまっている面があります。しかし学生達は、まだ頭が柔らかいので、こちらが当たり前に思い込んで見落としていたポイントにも目を付け、新しいアイデアやメソッドを見出してくることがあります。

私達が持っている研究結果やデータを学生達に渡し、事業のゴールや意義を伝えると、彼らは思いも寄らなかった方向性や問題解決のアプローチを発見してくれます。若いパワーで満ちた場に企業の経験と実績を持ち込む。それが、まったく新しいものをつくり出す可能性を広げるのです。

もちろん、いつもそれがプラスに働くとは限りません。思いついたアイデアにとらわれすぎて、他のことが見えなくなってしまえば、そのアプローチはバランスを欠いたものになってしまいます。でも、それは私達が起動修正をしてやればいい。重要なのは、学生達の自由なアイデアが大きくなってSAPに戻り、新たなビジネスを生み出すチャンスに繋がっていくということです。

世界の研究機関・企業とコラボレーションしてビジネスを開拓

外部の専門家やその他の研究機関と連携して、コラボレーションを目指すこともあります。ここベルリン・ブランデンブルグ地域には、ベルリン工科大学、フンボルト大学ベルリン校、マックス・プランク研究所など、大学が多くあり、学術研究の環境が整っています。ベルリンにはスタートアップ企業がたくさんあり、起業文化も育ってきました。昨年、SAP主催のスタートアップ・フォーラムをベルリン大学で開催したところ、100人以上の参加者と、40以上のスタートアップ企業からさまざまなアイデアが集まりました。そこに集まった参加者のアイデアやスタートアップ企業との連携が、新しいソリューションの種となっていくわけです。

また、ベルリン周辺に限らず、さまざま地域のパートナーとも手を組んでイノベーティブなソリューションの開発を行っています。例えば、某日本企業様と協力して、需要予測を実際の業務で活用する研究をしています。我々の技術を使えば、瞬時に需要を予測できますから、これを在庫管理や物流管理などに結びつければ、資材調達などをより効率的に行うことが可能になります。

マサチューセッツ工科大学(MIT)とは、サプライ・チェーン・マネジメントの研究で知られるデイビッド・シムチレビ教授と協力して、プロジェクトを進めたこともあります。このときは、HPIの学生、MITのリサーチャー、SAPのデベロッパー、経験豊富な建築家に加えて、日本の企業様などのパートナーも参加して、サプライチェーンにおける新しいコンセプトを検討・分析し、顧客のケースにより適合するシステムの構築を目指しました。

複数のパートナーと共同で行うプロジェクトは、デザインが難しいのも事実ですが、だからといってSAPが常にリーダーシップをとっている、というわけではありません。もちろん会議やイベントは、誰かがセッティングをして仕切らなければ進みませんが、そのメンバーが他の全員の背中を押して1つの方向に向かわせるというよりは、それぞれがアイデアを持ち寄ってそれぞれの役割を果たす、という色合いが強いです。まさにコラボレーションですね。SAPはプロジェクトのスポンサーという立場になりますが、だからといって率先してプロジェクトをハンドリングしてしまうのではなく、メンバーが共同で知恵を出し合い練り上げるというプロセスを大切にしています。

「それ」を必要としているのはどんな人なのか?

当然、プロジェクトには結果が求められます。私達が求める結果とは、プロジェクトを通して生まれたイノベーションを市場に出すこと。いくら画期的なイノベーションを実現しても、需要がなければ企業として「成功した」とはいえません。例えば、SAP HANAは開発後、ソリューションとして市場に出た結果、5億ユーロの収益をもたらしました。このようにイノベーティブなソリューションを市場に出し、需要を集めることが大切です。

イノベーション・センターのミッションは「最先端の研究をイノベーションへと進化させること」にあります。そんなイノベーションに求める条件は3つ。魅力的であること、ビジネスとして成り立つこと、そして実現可能であることです。これらは、「必要としている人はいるのか?」「マーケットは存在するのか?」「実際に作ることはできるのか?」と言い換えてもよいでしょう。

そのイノベーションが魅力的かどうかは、ユーザーと直接触れ合わなければわかりません。ソリューションを買ってくれる顧客ではなく、実際に恩恵を受けるユーザーにとって魅力的かどうかが重要です。例えば私達は、ヨーロッパでトップクラスの大学病院を持つベルリン医科大学(通称シャリテ)と一緒に「オンコライザー」*というがん治療に関する医療データベース環境を開発したことがあります。オンコライザーはSAP HANAのテクノロジーを活用し、がん患者一人ひとりのゲノム解析データにiPadからアクセスしてリアルタイムに比較検証するインターフェースを実現しています(がん患者のゲノム解析データは、一人あたりテラバイト単位にも上ります)。

オンコライザーの開発過程で私達がやり取りをしたのは、総合がんセンターのトップと現場の方々です。現場に出て、オンコライザーを実際に使用することになる腫瘍専門医や医療チームの働きぶりを見なければ、それがどのように医療提供者や患者さんの手助けになるかは想像できません。会議室でディスカッションをしていれば、ボタンの位置や色を使いやすくするといった改良はできるでしょう。しかし、それで事足れりとしていると、まったく必要とされないものを作ってしまうおそれがあります。

開発で重要なことは、ターゲットとするユーザーがどのような人達なのかを必ずイメージすること。ターゲットの立場に立って、何が求められているのか、何が必要とされているのかを確認することです。それを通して、開発アプローチを調整していくわけです。ユーザーの視点さえつかむことができれば、自然とそれがプロジェクトの原動力になっていきます。

WEB限定コンテンツ
(2013.2.4 ドイツのSAPイノベーション・センターにて取材)

「価値のあるイノベーションの第一条件は、ユーザーに魅力的であること。開発プロジェクトはユーザーの視点を基準に調整しながら進めることが重要です」

建物の裏側の様子。建物自体もポツダム大学のもので、HPIからは歩いて5分ほどのところにある。

*SAP HANAオンコライザー
がん患者のデータを膨大な過去データとリアルタイムに比較対照できるデータベースのプラットフォーム。これにより、患者一人ひとりに最適な治療法や投薬を見つけ出すプロセスの大幅な効率化が期待される。
http://www.sapjp.com/blog/archives/2040

カーファー・トズン(Cafer Tosun)

SAP Innovation Center MD所長。1993年よりSAPに参画、シリコンバレーのSAPアメリカでCTO室ヴァイスプレジデントなどを歴任後、2011年より現職。

 

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