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「まごころの投資」で企業価値を底上げする

社員が率先して動く現場力が「いい会社」を創る

[新井和宏]鎌倉投信株式会社 取締役 資産運用部長

鎌倉投信では「いい会社をふやしましょう!」を合言葉に、「結い 2101(ゆい にいいちぜろいち)」という公募の投資信託を運用・販売しています。人と人、世代と世代 を“結”び、次世紀の“2101年”に向けて、いい会社をみんなで創造したいという想いを込めてこの名前をつけました。

投資のリターンは「資産形成×社会形成×こころの形成」

「いい会社」とは、これからの日本に必要とされる会社です。業種や業態、上場か非上場か、規模が大きいか小さいか、歴史があるかないかなどは関係ありません。株主や経営者だけが利益を得る会社ではなく、従業員とその家族、取引先、顧客、地域社会、自然環境、株主といったさまざまなステークホルダーの利益を調和した上で成長し、持続的で豊かな社会を醸成できる会社です。社会性と事業性を両立できる会社ともいえるでしょう。

「結い 2101」が投資している「いい会社」は現在60社です。

投資ではよく勝ち負けが重視されますが、私たちの目的はいい会社を応援すること。ですから、「結い 2101」全体の投資である程度の収益性を確保できれば、一部を、社会的に価値のある事業に取組みながらも目先の資金繰りが窮屈なソーシャルベンチャー企業へ投資することも可能です。また、鎌倉投信がつなぎ役として間に入ることで、大企業とソーシャルベンチャーが関係性を深め、事業が発展することもあります。ソーシャル・ベンチャーは社会価値創造のノウハウを伝えることで大企業に刺激を与えたり、大企業が営業面でベンチャーを支援したりして、相互に社会的価値を高められれば、お互いがメリットを得られますよね。社会全体にそうしたいい循環をもたらすことができるわけです。

鎌倉投信では投資で得られるリターンを「資産形成×社会形成×こころの形成」と考えています。こころの形成とは、投資をしたことで社会形成に寄与し、真の満足が得られているということです。利益だけを追い求めても、幸せを感じられなかったら意味がないでしょう。3つの要素のどれが欠けてもその投資は成功とはいえないのです。

そして、投資の果実を最大化するために必要なことが「いい会社」を見定めることであり、そのために必要なのが「まごころ」なんです。

「投資は科学」という哲学では、出会えなかった「いい会社」

私は国内外の金融機関で長く働いてきましたが、前職の外資系金融機関の投資哲学は「投資は科学である」でした。全ての投資先を数値に置き換えて判断する金融工学を駆使した運用をおこなっていたのです。まごころと対極ですよね。でも、例えば社長も社員もみんなで朝から掃除をするような会社が地域で愛され、成長していく実例があることを知り、「投資は科学」という投資哲学の下では、決して出会うことのできない「いい会社」の存在に衝撃を受けました。

ファンドマネジャーとして数兆円のお金を運用するストレスから体を壊したことや、世界の金融業界を揺るがしたリーマンショックに遭遇したことも重なった結果、世の中には数値化できないものもあり、そこに人は共鳴し、経営が成り立ち、組織を強くするのだと思いいたりました。そうして生まれたのが「投資はまごころである」という投資哲学です。

投資先企業の応援団になるために、会社がやろうとしていること、それが社会にどんな価値をもたらすか、そこに共感できるかどうかをまずは見定める。投資するかどうかを決めるのはその後という順番が大事なんです。

投資先企業とは面倒なコミュニケーションが欠かせない

目に見えないものを見定めるには、投資先候補の企業の方に自社の課題も優位性もすべて正直に打ち明けてもらわなくてはいけません。それにはまず、私たちがまごころで接しなくてはならないのです。

例えば、候補企業の社長さんにお会いするときは、たいてい決算短信を見せられるんですが、それよりも会社が何のために存在しているのか、社会に何をもたらしたいのか、社員にどう関わっているのかをじっくり聞きたいと申し上げます。すると、じゃあこちらも正直に課題を話そうという気になってくださるんですね。そうやって化粧なしで胸襟を開いてもらうことが僕らには何より重要なんです。

ただし、投資先企業となれ合いになるつもりもありません。私たちは「もの言う投資家」ではありませんが、その会社が「いい会社」でない部分があったときは改善をお願いします。法令違反があったとか、お客さんをないがしろにしたとか、そういうことですね。クレーム対応でいい会社になれるかどうかが決まります。ですから、「クレームは宝」だという姿勢でこちらと対話に応じていただけないのなら私たちは投資しません。

鎌倉投信と付き合うのは面倒なんです(笑)。でも、面倒なコミュニケーションが大事だと思っているし、誠実に向き合ってくれるなら私たちもできる限り応援します。投資先企業とはそういう関係なんですね。

社会でその会社が誠実な商売をしたり社会貢献したりして存在感を発揮できれば社会的価値が上がりますし、私たちが「この会社はいい会社です、だから応援しています」と世の中に訴えれば、それもまた会社のブランディングに寄与するでしょう。鎌倉投信が高めたいのは企業の財務的価値というより、社会的価値なんですね。それがひいては企業価値を上げることにつながると信じているからです。

経営は社会性と事業性のバランスが問われる

では、「いい会社」とはどういうものか。例えば、Bコーポレーション* のような評価基準がありますが、そういうものから窺えるのは最低限のベースラインはクリアしているということだけ。社会的責任投資とか環境対策といった施策のベースを高めるには有効だと思いますが、そうした要素を満たしているからといって、いい会社であるとは言い切れないと思います。

指標的評価でふるいにかけると、金太郎あめのような特徴のない会社しか残りません。数値をクリアするためにテクニックとして施策を実行しているだけかもしれませんしね。だから基本的には現場に行って、雰囲気や社風、企業文化を肌で感じないといけません。

結局のところ、私たちが観ているのは会社の個性なんです。個性や特徴のある会社は価格競争に巻き込まれることもなく、独自の強みを発揮して企業価値を向上させることができます。人を観るときと一緒ですよね。人として優等生の人は確かに立派だけれども、どこか味気なかったりする。付き合いたいと思うのは面白くて、ユニークな人ではないでしょうか。それと同じものを僕らは投資先の企業に求めているんです。

一方で、社会性の高い事業をしていて、従業員のモチベーションも高く、現場の人が活き活きと働いている企業でも、例えば財務面がぜい弱で持続可能性が低い場合は投資を見送ることもあります。

経営はバランス感覚が重要。社会性と事業性の両輪が回るよう、バランスをしっかりとっていないといけません。私たちは運用のプロとして、資金を「結い2101」に投資してくださるお客様の期待に応える責任があるので、その両輪をしっかりチェックしたうえで投資するのです。

「いい会社」になろうという努力をし続けているか

私たちが重視するのは、投資先企業との対話です。例えば、いい会社だと判断して投資させていただくことになっても、経営者の交代や組織体制の変化などで対話ができなくなったら株を売却するしかありません。それはつまり、その会社が私たちとの付き合いを望まなくなったということですから。

もちろん、いい会社でも事故は起きます。完璧な会社なんてないし、前例のないことにチャレンジして失敗することだってあるでしょう。要は何か起こったときの対応の問題なんですよ。いい会社になろうという行為をし続けることができているかという姿勢を鎌倉投信は問うているんです。

その姿勢を創るのは、経営者という意見もあるかもしれませんが、私たちはもっと深いところにある企業文化だと思います。経営者が代わっても社内の雰囲気や考え方、教育方針が変わらないことはよくあります。そういう社風が企業の背骨を形作るのだと思います。


鎌倉投信は投信委託業務、投資信託の販売をおこなう資産運用会社。2008年11月創業。2010年3月から公募型投資信託「結い 2101」の運用を開始。投資先企業は60社、受益者数約1万6500人、運用する純資産は248億円(2016年12月現在)。
http://www.kamakuraim.jp/


新井氏の著書『投資は「きれいごと」で成功する――「あたたかい金融」で日本一をとった鎌倉投信の非常識な投資のルール』(ダイヤモンド社)。鎌倉投信設立に至る経緯や「結い 2101」にかける想いがつづられている。

* Bコーポレーション
環境や社会に配慮した事業活動を行う企業に与えられるグローバルな認証制度。

オフィスは築90年の古民家をリノベーションした。750坪の敷地のうち500坪を占める山林に囲まれ、緑豊かな環境で気持ちよく仕事ができるうえ、古都・鎌倉の風雅なイメージは会社のブランディングにも一役買っているという。「地の利を得ています」と新井氏。

オフィスは築90年の古民家をリノベーションした。750坪の敷地のうち500坪を占める山林に囲まれ、緑豊かな環境で気持ちよく仕事ができるうえ、古都・鎌倉の風雅なイメージは会社のブランディングにも一役買っているという。「地の利を得ています」と新井氏。

多様性を丸ごと許容できる組織は強い。
現場の判断力で社会に価値を提供できる

例えば、宅配便事業を手掛けるヤマト運輸は「結い2101」の投資先の1つですが、ここはまさに「いい会社」なんです。

東日本大震災のとき、被災地では営業所の多くが壊滅状態になりましたが、現場のセールスドライバーは自主的な判断で救援物資の輸送を無償でおこないました。本来なら業務命令違反となる行為ですが、後にこれを知った本社は叱責するどころか、本業で社会貢献するのは企業の責務であるということで、むしろ現場を支援したそうです。

企業の規模が大きくなればなるほど、経営者は自分の目が届かないところでブランドイメージが低下するようなことが起こらないようにコントロールしたがります。ルールを決めて、それを徹底的に順守させるんですね。そうすると現場の人たちは思考停止に陥り、現場力はどんどん低下します。

でも現場を大事にするなら自由にさせないといけません。結果として悪いことも時には起こるかもしれません。でもいいことと悪いことの表裏一体をセットで許容できる組織こそ強みを発揮できるし、現場に判断力が備わって社会に価値を提供できるんです。

そういう社風がヤマトの企業としての価値を作っているし、それができる会社だから私たちも投資するわけです。あなたの仕事はこうです、あなたの役割はこうですと決められている人たちがブレークスルーするわけがないし、したがってイノベーションも起こせない。イノベーションの本質はそこにあると思います。

自分の常識をはるかに超えた出来事に人は感動する

また、ヤマト運輸は142億円という巨額の寄付を被災地に対して行ったことでも話題になりました**。同社の純利益の4割に上る額です。すごいことですよね。この話の何が人の心を揺さぶるかといえば、本気で被災地のためになりたいという気迫を感じるからでしょう。つまり、普通ではありえないこと、自分の常識をはるかに超えた事象がそこにある。そのことに人は感動を覚えるのです。

常識を超えるその地点がどこかといえば、目安は5パーセントといえます。統計学的に母集団の2標準偏差の範囲から超えた外れ値はだいたい5パーセントですし、企業会計原則でも重要性の原則として5パーセント以上となったときに人は重要と感じるとされています。つまり、5パーセントを超えないものは標準的でうわべだけと思うし、5パーセントを超えると意味があると感じ始める。純利益の4割を寄付する行為は確率5パーセントという絶大なインパクトをもたらしました。だから意味があるんです。

社会的に求められていることに真摯に取り組むことが企業の価値を高めます。「売上の4割を寄付するなんてどうかしている」という人も世の中にはいるでしょう。利益追求型の株主なら特にそう思うかもしれません。でも、ヤマト運輸の被災地での必死の物流支援や寄付について、「結い2101」の受益者総会でお話ししたところ、誰からも異論・反論は出ませんでした。それどころか受益者のみなさん感激して、中には泣いておられる人もいました。

そういう方々が「いい会社」に投資して応援する。そして豊かで調和のとれた持続可能な社会が形成されていく。これが私たちの考える「あたたかい金融」であり、「まごころの投資」です。お金は目的でなく手段に過ぎないのです。社会にいいことをしている企業をお金を通じて応援したい。鎌倉投信はその入り口でありたいと思っています。

持ちつ持たれつでもなく利己的でもなく、対話を続ける

私たちが投資することで投資先の従業員の方々にもいい影響をもたらすことができたらうれしいですね。実際、上場している投資先にアンケート調査をしたところ、「社員にいい影響があった」と答えた投資先が数社ありました。鎌倉投信は従業員のみなさんが活き活き働ける環境作りも「いい会社」の要件だと考えているので、そのあたりがポジティブにとらえられているのかもしれません。

また、鎌倉投信がいることで「個人の株主が増えた」「機関投資家株主の評判が上がった」といった回答もありました。「鎌倉投信の投資対象であると取引先に伝えたところ、“いい会社”なんですねと信頼感が一気に高まります」という声も寄せられています。企業のブランディングにも寄与できていることは私たちにとっても喜ばしいことです。

日本の企業は株主との対話に慣れていません。銀行と持ちつ持たれつでやっていたところへ、いきなり外国人の投資家がやってきて利己的な主張ばかり繰り返すようになったものだから、株主とのコミュニケーションに臆病になっているという面もあるでしょう。でも僕らは持ちつ持たれつでもなく、利己的でもありたくない。なぜならば、その会社が社会で必要とされる会社だからです。そういう会社に対してはできることは何でもやります。

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(2016.12.28 神奈川県鎌倉市の鎌倉投信オフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Hirotaka Hashimoto

日経リサーチによる2016年版「ブランド戦略サーベイ」では、ヤマト運輸がグーグルを抑えて首位となった。同社の高い企業価値を示す調査結果といえそうだ。

** 震災後の1年間、宅急便1個につき10円を被災地に寄付する取り組み。2011年度は約14.2億個の宅急便を取り扱ったため、142億円の寄付となった。

新井和宏(あらい・かずひろ)

鎌倉投信株式会社 取締役 資産運用部長。1968年生まれ。東京理科大学工学部卒。住友信託銀行(現・三井住友信託銀行)を経て、2000年、バークレイズ・グローバル・インベスターズ(現・ブラックロック・ジャパン)に入社。企業年金・公的年金などを中心に、株式、為替、資産配分等、多岐にわたる運用業務に従事し、ファンドマネージャーとしての運用資産残高は数兆円であった。2008年11月、志を同じくする仲間4人と、鎌倉投信株式会社を創業。2010年3月より運用開始した投資信託「結い 2101」の運用責任者として活躍。他に、横浜国立大学経営学部非常勤講師(平成28年3月まで)、特定非営利活動法人「いい会社をふやしましょう」理事、経済産業省「おもてなし経営企業選」選考委員(平成24、25年度)も務めている。

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