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モノづくりへの思いを行動で示してチームの一体感を生む

ユニークな体制で革新を生むスモール家電ベンチャー

[中澤優子]株式会社UPQ 代表取締役

「UPQ(アップ・キュー)」は、洗練されたデザインと手に取りやすい価格を兼ね備えた家電ブランドだ。

製品ラインナップには4Kディスプレイやスマートフォン、ガラス製キーボード、USB充電ができるバックパックのほか、折りたたみ式の電動バイク(上写真)も。家電メーカーがなぜバイクを作るのかと思われるかもしれないが、電気で動くものならそれは大きく電化製品であるという発想があるからだ。

「生活にアクセントと遊び心を。」というコンセプトの通り、UPQは既成の価値観にとらわれず、暮らしに豊かさと楽しさをもたらす、そんなモノづくりを心掛けているという。

「日本のモノづくりは終わった」――事業解体の苦い経験

2007年に新卒でカシオ計算機(以下、カシオ)に入社し、携帯電話の企画・開発・販売に5年間携わりました。

2007年といえば初代iPhoneがアメリカで発売され、情報端末の業界が世界的に大きく変わろうとしていたときです。「ガラパゴス」と揶揄された日本の携帯ビジネスは低迷の一途をたどっていて、私が入社した時点ですでに社内では「V字回復を目指せ」と掛け声が上がっていましたが、行けども行けどもVの字の底を沈んでいくばかりでした。

海外メーカーに押され、日本のモノづくりは終わったと思っている人も多く、職場の雰囲気も重苦しい。そんな状態ではアイデアも膨らみません。個人的には何かしら活路はあるはずと思っていましたが、入社数年の若造である私にできることは、わずか。

やがて資本もひっ迫し、「全球ホームランを打て」「1本外したら会社がなくなるぞ」と発破をかけられる状況に。うまいタイミングでヒットは飛ばせず、ついに携帯電話の事業は解散となりました。

戦略なしに革新的なモノづくりはできない

資産処分はつらかったですね。一生懸命作った愛着ある製品、それもお客様の手に渡ることなく壊される未発表の新製品を廃棄するなんて、もうこんな経験は二度としたくない。じゃあどうしたらいいだろうと考えて、経験を積んで自分のスキルをまずは高めようと決めたんです。そこで退職後はフリーランスで映像機器や自動車、食品、化粧品などの幅広い業界でプロジェクト・マネジメントや企画を手掛けました。

さまざまなモノづくりの現場に身を置いてみると、カシオに限らずメーカーはどこも厳しい環境に置かれているんだと知りました。経営者は企画者を入れ替えれば新しいものが作れると思っていたり、差別化のために他社の技術を取り入れようとしていました。アップルやグーグルなど成功している海外メーカーに追従するしかないという風潮に押されて、戦略の立て直しはそっちのけです。それでは結局どんぐりの背比べになりますよね。

しかもアップルやグーグルのビジネスモデルも私たちの世代からすれば学生時代にすでにあったもので、もはやそれほど目新しさを感じない。今さらそこに準じても時代を切り開くモノづくりはできないと思いました。

そういうメーカーの袋小路の状況は、携帯電話事業の末期と重なるものです。今はモノづくりの逆境の時なんだ、ならば時機が来るのを待とうと、2013年からフリーランスのかたわら、秋葉原でカフェの経営に着手しました。メーカー時代にはできなかった、エンドユーザの顔が見える商売をしてみたいと思ったからです。

ベンチャーという小さな屋台骨でもモノづくりができる

世の中の流れが変わってきたと私が感じたのは2014年ごろでした。3Dプリンタに注目が集まり始めたり、ハッカソンの開催が盛んになったり、「DMM.make AKIBA」* ができたりして、モノづくりもやっぱり面白いよねという風潮がようやく戻ってきた感覚がありました。

もう一度モノづくりの世界に戻ろうと決めたんです。数年前に大手メーカーとしてできなかったことや、事業がなくなるような状況を二度と繰り返さないためには、ベンチャー企業や新興メーカーに参画する、もしくはメーカーを自分で立ち上げるという方法も1つだ、と思いました。カフェも開業していましたし、起業への心のハードルはゼロでした。

au未来研究所が主催するハッカソンが2014年9月に行われるというので参加してみました。そこで試作したIoT弁当箱「X Ben(エックス・ベン)」** が評価され、同年12月に経済産業省の「フロンティアメイカーズ育成事業」に採択されることになりました。この事業のプロジェクト・マネージャーの中に岩佐琢磨さん*** や小笠原治さん**** がいて、ベンチャー企業で多品種少量生産ができるビジネスモデルがあることを教えられました。

カシオにいたころは数十万台、あるいは数百万台といった単位でしか生産を受け入れてもらえませんでした。工場は単一モデルを大量に作ることで採算を合わせるわけです。ところがこのころには中国の工場も競争が激化して、1万台、あるいは1000台といった小ロットでも生産を請け負うところが出てきていました。しかも設備は日本や韓国などの海外メーカーの規準に合わせた新しいものが揃っています。

そういう変化を実際に現地の工場も訪れて理解し、これなら工場や倉庫を自社で持たずに企画・開発・製造・販売を一気通貫できる、つまりベンチャーという小さな屋台骨でもモノづくりができると分かりました。ならば私も自分でメーカーを立ち上げようということで、UPQを創業したわけです。


株式会社UPQは家電・家具のメーカー。2015年7月設立。従業員数5名。
同社が展開するUPQブランドは2015年8月の第一弾製品群で17種24製品をラインナップ。2017年1月現在、ラインナップは41種64製品に拡大している。
http://upq.me/jp/

* モノづくりのためのコワーキングスペース。UPQも設立当初入居しており、この取材も同所で行われた。

** X Ben
おかず交換をサポートする機能や本体を光らせる機能などを盛り込んだ、ランチタイムの楽しみが増す弁当箱。

*** 岩佐琢磨氏は株式会社Cerevo代表取締役。
ワークサイトの岩佐氏の取材記事はこちら
前編「ネット×家電の組み合わせでイノベーションを生むアキバ発ベンチャー」
後編「少人数、少コスト、短期間でトライできる環境づくり」

**** 小笠原治氏は株式会社nomadや株式会社ABBALabの代表取締役、DMM.makeエヴァンジェリストなどを務める。

  • 折り畳み式の電動バイク「UPQ BIKE」。USB給電も可能。(写真提供:いずれもUPQ)

  • UPQ BIKEに装着してフレームバックとしても、肩掛けのショルダーバックとしても使えるレザーバック。マザーハウス社と共同開発した限定生産モデル。

  • 「Q-display 4K65 Limited model」。65インチ、薄さ28.6センチの4Kディスプレイ。二子玉川蔦屋家電の限定販売モデル。

  • 「UPQ Bag BP01」はショルダーストラップの長さ調整バックル部分にUSBポートを搭載したバックパック。15.5インチPCも収納できる。

  • ワイヤレスガラス製タッチキーボードの「Q-gadget KB02」。触れるとブルーのLEDで照らされ、美しさが際立つ。

UPQのラインナップの一部

誰よりも考えて、誰よりも動く。
だからみんなが懸命に並走してくれる

創業時、社員は私1人です。外部のフリーエンジニアなどの力は借りつつ、企画、開発、工場との折衝、品質チェックなど、何から何までマネジメントしなければなりませんでした。特に中国の工場ではいい加減な仕事でごまかしたりすることのないよう、細かいところまで徹底して要求を伝え続けました。

誰よりも私が考えて、誰よりも私が動いていると思います。例えば、工場の生産ラインを見て、品質に影響が出そうだな、危ないなというところは、きちっと見つけて指摘します。そういうリスクを発見するのはいつも私だし、指摘を放置したら結局私が言った通りに失敗したりする。その繰り返しで「中澤の言う通りにすれば間違いがない」という信頼につながっていきました。輸送するときも箱1個でもつぶさないようにと指示します。

製品が出来上がった後の販売や在庫管理、広報などのハンドリングについては、参画してくれるメンバーに業務ごとに託してきましたが、どのフェーズであってもモノを作り、売ることにかけて「あいつが一番なんだ」と理解してもらえれば、恥ずかしいものは作れないし、期限だって死守しなければという雰囲気がおのずと生まれます。そういう流れを作るためにというよりは、納得のいくモノづくりをしたいからこまごまと動いているわけですが、結果としてみんなが私の求めるレベルに合わせて並走してくれる体制ができました。

所属がどこであっても愛着をもって開発することはできる

社員ではない寄せ集めのメンバーにブランドのロイヤルティがあるのか疑問視する向きがあるかもしれませんが、大手メーカーのプロジェクトは多様な所属元のメンバーで構成されるケースが多いです。そのメーカーの社員もいれば、協力会社からの出向者、派遣社員、フリーランスのエンジニアもいるわけです。

実際、カシオ時代も、チーム内で「このモデルはカシオらしくない」「カシオの製品だったらこうでなくちゃ」といった議論が盛んに行われていました。所属は違ってもカシオの製品を作るんだというプロ意識があれば真剣に語れるし、そのモデルへの愛情も生まれます。私自身、カシオと合弁していた日立やNECの製品作りにも携わりましたが、お客様に喜ばれるもの、開発者として誇れるものを作ろうと、手を抜くことなく真剣に取り組みました。

UPQの開発でも、例えば折り畳み式の電動バイクは、バイクの製造経験を持つ中国の工場と試行錯誤の末に誕生したものです。動画も交えて日本の道路状況を説明して、必要な機能やパーツを別工場で独自で開発し、装備できるようにと、合計7箇所の工場を連携させました。

外部の人間でも方向性さえうまくマネジメントできれば愛着も湧くし、プライドをかけて開発に携わってくれるようになる。それを経験しているので、誰と一緒に仕事をするかという面の不安はないんです。むしろ、社員であることに慢心して雇われ仕事の意識しか持てない人の方が困ります。

どこに所属している人であっても、私のビジョンを理解してくれて、そこに力を注いでくれれば、それでチームメイキングはできる。これはカシオのモノづくりで素晴らしいと体感した部分だし、今も実感できていることです。

販売店側も売り場に人を呼べる製品を求めていた

私の伴走に付き合ってもらうという意味では販売店さんにも助けられています。当初、UPQ製品はDMM.make STOREのリリースにあわせて発表をしたこともあり、販売する場所が製品発表当日からある、ということで、それだけでもありがたかったのですが、その製品発表会当日に二子玉川 蔦屋家電とビックカメラから店頭販売の打診をいただきました。コネクションがないところからのお誘いで「何ということ!」と思いながら、もちろん快諾です(笑)。

1年半取引させていただいて、わかってきたことなのですが、販売店側も売り場に人を呼べるようなものを求めていたのだと思います。家電にはなかなかないビビッドなカラー1色をまとったユニークな品揃えということもあって、UPQ製品を受け入れてくださることにつながったわけです。すべては、UPQブランドを生み出すときに信念として貫いたことが功を奏していると言えます。

こうして「作る」というハードルも「売る」というハードルも、1つひとつを乗り越えてここまで来ました。時代の変化、モノづくりの変化に対してベンチャーの形で私たちができることでパズルを組んでいった結果、ぴったりはまったのです。

WEB限定コンテンツ
(2017.1.18 千代田区のDMM.make AKIBAにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Tomoyo Yamazaki

中澤優子(なかざわ・ゆうこ)

1984年東京都生まれ。2007年中央大学経済学部卒業。同年、カシオ計算機株式会社に入社、携帯電話やスマートフォンの商品企画を担当。2012年、フリーランスとして携帯電話、化粧品、自動車といったメーカーの商品企画やマーケティング、プロジェクト・マネジメントに携わる。2013年、秋葉原にカフェを開店、オーナーを務める。2015年、UPQを創業。

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