このエントリーをはてなブックマークに追加

ベルリン初のコワーキングスペースは
ベルリンの変化とともにある

ベルリンの老舗コワーキングスペース

[Sankt Oberholz]Berlin, Germany

  • ベルリンのクリエイティブなコミュニティを発展させたい
  • コミュニティの声を反映したワークスペースを作る
  • 多くのイノベーティブなスタートアップが誕生した

ベルリンにおけるコワーキングスペースの老舗にして、無料Wi-Fiを開放したスペースの先駆けでもあるSankt Oberholz(ザンクト・オーバーホルツ/以下、Sankt Oberholz)。その歴史は長く、創業は2005年のことだ。

創業者であるアンスガー・オーバーホルツ氏(以下、オーバーホルツ氏)は、もともとは現在のようなコワーキングスペースを作るつもりはなかったと言う。「あのころ私は32歳で、当時は、50歳までにレストランを作るのが目標でした。そんな時に、Sankt Oberholzの1号店になる建物を紹介してもらったのがきっかけです」(オーバーホルツ氏)。

普段、生活をしながらいつも視界に入っていた歴史の古い建物。ここはハンバーガーショップなど様々なテナントが入っては潰れてを繰り返していた。200平方メートル以上のこの物件はカフェとしては広大で、契約することはオーバーホルツ氏にとってリスクが大きすぎるようにも思えたが、突然の紹介を受け、彼の目には、とても魅力的に映った。「この建物には非常に高いポテンシャルを感じました。そして、この古い建物を活かして、カフェだけでなくそれ以上の何かをやりたいと思ったんです」(オーバーホルツ氏)

ただのカフェを作るつもりはなかった

オーバーホルツ氏は、さらにこう続ける。「最初のコンセプトは、『働くことができるカフェ』でした。周りからはうまくいかないと言われましたが、私たちのカフェは結果的に『Wi-Fiの使える、仕事のできるカフェ』、『コーヒーを楽しむ以外の使い方ができるカフェ』としてベルリンで知られるようになりました」。大きなテーブルに小さなテーブル、椅子、ソファ、さまざまなスペースを用意し、あらゆる場所から電源を取れるようにした。当時は珍しかったが、「ラップトップを開いてもいいですよ」という雰囲気を作り、カフェを仕事で使う人への配慮も忘れなかった。これがSt. Oberholz 1号店の始まりである。

しかし、この頃はコワーキングスペースという概念もなかった上、オーバーホルツ氏自身最初からそういったコンセプトを考えていたわけではなかったと言う。「私は起業家です。もともと、ただのカフェを作ろうとは思っていません。カフェをプラットフォームにすることで何か実現できないか、そういう思いでした」

もともとの建物の雰囲気を活かしたSankt Oberholz 1号店外観。

創立:2006年
コワーキングスペース1Day利用:€15
コワーキングスペース月利用:€159~
http://sanktoberholz.de

創業者、アンスガー・オーバーホルツ氏。

  • 【1号店】カフェエリア(2階)。会員以外も自由に利用できる。

  • 【1号店】カフェエリア(テラス席)。コーヒーを楽しむ人、仕事をする人。過ごし方はさまざまだ。

  • 【1号店】コワーキングエリア。会員になると鍵を渡され、24時間365日いつでも利用することができる。

  • 【1号店】チームルーム。打ち合わせなどに使われる。

  • 【1号店】チームルーム。スタートアップだけでなく、彼らとのつながりを求めて企業の一部門が入居するケースもある。

  • 【2号店】カフェエリア(1階)。1号店よりも面積を広く取っている。

  • 【2号店】コワーキングエリア。利用方法は1号店同様だ。

  • 【2号店】チームルーム。近年、企業が会議のために利用することも多くなってきたという。

  • 【2号店】アパートメント。1号店にはないスペースだ。宿泊はもちろん、ワークショップなどに使うこともできる。

ベルリンの街の変化が
コワーキングスペースを求めた

オーバーホルツ氏は、利用客たちのコミュニティをはじめとする、周囲のさまざまな存在からインスピレーションを受けながら、Sankt Oberholzを成長させていくことになる。「プリンターが必要だ、スペシャリティコーヒーが欲しい、などのフィードバックをもらいながら少しずつ発展させていったんです。私たちはいつも、コミュニティの一歩先にいることを意識していました。でも、新しいものを提供することでユーザーにストレスを与えてはいけませんし、先を行き過ぎてしまってもユーザーを置き去りにしてしまいます。ほんの一歩先にいること、そして同時にファンシーになり過ぎないこと。こうした心構えが大切だと思っています」(オーバーホルツ氏)。そうしてSankt Oberholzは、現在のようなコワーキングスペースに育っていった。「ここで働きたい」というコミュニティの声が決め手になったのだという。

それまでのベルリンにはなかった「コワーキングスペース」という場所が、なぜ受け入れられたのか。それにはベルリンという街の歴史が関わっている。「1989年にベルリンの壁が崩壊されるまで、ベルリンは社会主義国であり、東の孤島でした。ビジネスモデルなどはなく、クリエイティブな人はいてもお金がない。それが現在ではデジタルとテクノロジーの街になった。クリエイティブなシーンは盛り上がり、アート、音楽とつながって、一つのビジネスモデルができました。ドイツの大手企業の多くがこの地にラボやイノベーションハブを置いています。こうした状況がコワーキングスペースというビジネスモデルにマッチしたのでしょう」(オーバーホルツ氏)

変化の街、スタートアップの街

ところが、「実はベルリンのことを、私はそれほど信じていないんです」と氏は続ける。「皇帝の時代、ナチスの時代……と、ここ100年くらいで5回ほど、国家的な規模での変化が起きているのがベルリンです。こんなに頻繁に変わる街は他にはないでしょう。だから、10年後にはベルリンは現在とはまったく違う街になっているかもしれませんね。ただ、そういう意味では、ベルリンは大きな失敗を繰り返しているので、街自体がスタートアップのような場所だとも言えます」

スタートアップのような街だからこそ、魅力的なスタートアップが集まってくる。クリエイティブな街は、人を惹きつける。しかし、ベルリンでは近年、都市の再開発が始まり、街全体の底上げが図られている。「それが危険なんです。クリエイティブの源でもあった不法なクラブなどが潰されています。不法なものを容認してきたのは、ある意味でベルリンらしい文化でした。街としての発展を目指す過程でこうした文化が変わってしまうのではないか。10年後には街が変わってしまうかもしれないと言ったのは、そういう意味です。ベルリンの中心部で再開発が進むのは仕方ないとしても、街の外側の『ベルリンらしい部分』は残しておくべきでしょうね」(オーバーホルツ氏)

ベルリンの変化とともに、Sankt Oberholzはどこへ向かうのか

コミュニティの声を聞き、それに応える形でコワーキングスペースとして成長し、1号店のオープンから約11年後、ついに2号店もオープンさせたSankt Oberholz。現在では企業からの依頼でコンサルティング業務を行うこともあるそうだ。

「コワーキングスペースの要素を取り入れたい、スタートアップから働き方を学びたい、そうした相談が多いですね」(オーバーホルツ氏)。また、「The Institute of New Work」というプロジェクトを立ち上げ、自動化やデジタル化も含め、どのようにしたら仕事が変化していくのかという課題を考える活動も始まっている。

SoundCloudやHelloFreshといったたくさんのスタートアップを生んできたSankt Oberholzだが、次の10年はどうなるのだろう。ベルリンの街の変化とともに、まったく別の方向へシフトしているのだろうか。その変化がとても楽しみに思える。

コンサルティング(ワークスタイル): 自社
インテリア設計: 自社
建築設計: 自社

text: Yuki Miyamoto
photo:Tamami Iinuma

2号店の外観。外に開けた、オープンカフェのような作りになっている。

ところどころに、建物の歴史を感じさせるデザインが見られる。

RECOMMENDEDおすすめの記事

「健全な衝突」を促し、強いチームへと導く「心理的安全性」

[石井遼介]株式会社ZENTech 取締役、一般社団法人日本認知科学研究所 理事、慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科 研究員

イノベーションの素は日常のそこかしこに転がっている

[野崎亙]株式会社スマイルズ 取締役、クリエイティブ本部 本部長

TOPPAGE
2022年7月、「WORKSIGHT[ワークサイト]」は
「自律協働社会のゆくえ」を考えるメディアへと生まれ変わりました。
ニュースレターを中心に、書籍、SNS、イベント、ポッドキャストなど、
さまざまなチャンネルを通じてコンテンツを配信します。

ニュースレターに登録する