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デザインシンキングで刷新された
顧客と共創する企業体質

新規事業を伸ばす成熟したテックカンパニー

[SAP]Palo Alto, USA

シリコンバレー北部端、パロアルト市のエスエーピー(以下SAP)パロアルト・ラボに、名だたる大手企業から経営層が殺到している。「日本からもこの2カ月で40社いらっしゃいました」と、館内を案内してくれた同社の小松原威氏。彼らはここでデザインシンキングのワークショップに参加するのだ。

創業44年、従業員約7万7000人、売上2.6兆円。ドイツ企業としては時価総額1位の規模を誇るSAPだが、研究開発の拠点をテックカンパニーの中心地シリコンバレーにも置いている。現在のユニークなポジションをSAPにもたらしたのは、12年前に導入したデザインシンキングである。

もとは企業向けERPを主力製品としていた同社だが、市場は伸び悩んでおり、新たな成長軸を模索していた。たどり着いたのが「顧客の課題解決を一緒に考える」という切り口。デザインシンキングは、そのためのツールだ。

ワークショップスペース。カーテンで視線をコントロールするセミクローズの部屋。社内以外にも顧客との議論にも活用される。

創業:1972年
売上高:約207億9300万ユーロ(2015)
純利益:約30億6400万ユーロ(2015)
従業員数:7万6986人(2015)
http://www.sap.com

  • 天井は張らずにカジュアルな職場を演出している。オープンな空間ではそこかしこでコミュニケーションが起こる。

  • 仕切りのない執務エリア。オープンスペースに可動パーティションだけのシンプルな構成。外から訪れた人たちはそこら中で議論が行われている様子に驚くという。

  • センターアトリウム。オールハンズミーティング(全社員会議)が開かれる。「デザインシンキングはわれわれの根幹である」などメッセージの書かれたバナーも。

  • ラボ中央に配置された飲食スペース。異なるセクションをつなぐインフォーマルコミュニケーションの場。

  • ショーケースエリア。顧客との議論から生まれたアイデアで、実現したプロジェクトについて展示されている。

場所を選ばず
デザインシンキングを実践

デザインシンキングとは、デザイアビリティ(ユーザーの欲求)やプロトタイピングなどをキーワードとする問題解決のアプローチ。主にビジネスパーソンやエンジニアがイノベーションを生み出すための、いわば共通言語でもある。グーグルやフェイスブックが採用し、また近年成長著しいAirbnbといったサービスも、デザインシンキングの産物だとされる。

「グローバルに見ると、ここシリコンバレーは、デザインシンキングの中心地。このあたりの高校の授業でも教えているメソドロジーなんです」(小松原氏)

ラボは「いつでもデザインシンキングを実践できる」状態にある。仕切りのないオープンな執務環境は、近くにいる人間同士のディスカッションを誘発する。アイデアをすぐに形にできるプロトタイプラボも充実させた。

シリコンバレーでは「Fail Early, Fail Often」の考え方が浸透している。いかに失敗に慣れるか、失敗の量を増やすか。それが、人が本来持つクリエイティビティを引き出す。

わざわざ顧客をラボに呼びこむのは「先行営業活動の1つ」だ。デザインシンキングのワークショップで顧客の課題をあぶりだし、解決策を明らかにする。

「ERPの時代は『答え』が決まっていました。グローバル企業の真似、ベストプラクティスの真似をすればいい、納期を短縮すればいい、生産管理システムを回せばいいんだと。しかし非連続的で破壊的なイノベーションが起こるデジタルエコノミーの時代になると、答えはわからない。デザインシンキングでなければ我々も解決策が出せないのです」(小松原氏)

少数ではあるが個室のミーティングルームが設けられている。完全にクローズではなく、あくまでも視覚的にはつながっている。

プロトタイプラボには21〜22歳の優秀なインターンが多く見られる。

  • Building7の2階。いつでもデザインシンキングができる環境がここにも。

  • Building9の1階にあるD-shopと名づけられたプロトタイプラボ。3DプリンタやVRシステムなどが並ぶ。

  • Building7の1階ヴァイスプレジデント・ルーム。Hanahaus*のコンセプトもここでの議論から生まれている。

    * SAPがパロアルト中心地に設立した、起業家や投資家が交流できるコワーキングスペース。

  • 顧客と共により実践に近いプロジェクトを作り込んでいくApphaus。世界でその拠点が現在3カ所設置され、ここパロアルトラボもそのひとつだ。

  • アイデアのブラッシュアップにつながるプロトタイプを製作できるラボ。

ワークショップを通して
信頼関係を構築していく

ユニークなのは、SAPに発注する/しないにかかわらず、ここまで議論のプロセスは無料であること。通常のデザインコンサル会社であれば考えられない話だ。しかしワークショップを体験することで、SAPに対する共感と信頼が生まれるのは明らか。それはERPやビッグデータ解析ツールの「HANA」など、SAP製品の購入につながる最良のプロモーションになる。

そもそも訪問客は大企業の経営層であり、つまり決裁権限者。何十億、何百億規模のプロジェクトを受注するにはまず、彼らとダイレクトに関係し、「SAPのファン」にするのがベストだ。

「ホームとアウェイの戦いの違いも意識しています。例えば、相手企業の役員室に出向いたら『何しに来たんだ』という感じになりますが(笑)、こちらのホームに招くと『教えてください』になる。普段、スーツとネクタイで働いている方々には『絶対にラフな格好で来てください』とお願いするんです。デザインシンキングは、カジュアルで開放的な場で行うものですから」(小松原氏)

直近5年でSAPの売上は倍になったと言えば、デザインシンキング導入のインパクトが想像できるだろう。会社の姿は一変した。ERPに代わる新規事業の開発にも応用され、今ではERPは売上全体の4割、残り6割はHANAに関係する新規事業が占めるに至った。デザインシンキングはラボを土壌とし、SAP奥深くに根付いたのである。

コンサルティング(ワークスタイル):SAPとIA
インテリア設計:IA

text: Yusuke Higashi
photo: Hirotaka Hashimoto

WORKSIGHT 10(2016.10)より

ビジネス・ディベロップメント・スペシャリスト
小松原威

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