Foresight
Dec. 25, 2017
合意形成を通してウェルビーイングのエコシステムを作る
個人のウェルビーイングと組織のウェルビーイングを行ったり来たりする
[渡邊淳司]NTTコミュニケーション科学基礎研究所 人間情報研究部 主任研究員(特別研究員)
ウェルビーイングは個人によっても違いがありますが、文化によっても異なると思います。そこで各分野の専門家と共同で、日本的ウェルビーイングを促進する情報技術のためのガイドラインを作ろうと活動しています*。
技術がうまく使われるためのサンプル集を作っていく
ガイドラインといっても、これをしなければならない、これをしてはいけない、という四角四面の枠組みを作るというよりは、持続的ウェルビーイングのためにどんなことを考えるといいか、そのときに役立つ技術として何があるか、それを実現するのは誰かといった関係性を示すことに重心を置いた方が、結果的にうまく行くと思っています。
ある問題が持ち上がったとき、誰かが「こうしたら解けることが実験で示されている」と一般論を述べたところで、それがすべての問題に適用できるか分かりませんし、問題を目の前にした当事者からは「私たちの具体的な状況が何も分かっていない」と反発を招くかもしれません。一見分かりやすい解決策を提示するよりも、一定の方向に至るための考え方を示した方が、長い目で見ると建設的で健全かもしれないということです。
そういう観点でいま僕らがガイドラインのプロジェクトで取り組んでいることは、「自律性」や「思いやり」といったウェルビーイングに重要な構成要因がいくつかあり、そしてそれに関連する技術があったとき、ある人やコミュニティが重要視する要因を向上させるために、技術はどのように使われるべきかというケースを作っていく、集めていくということです。
すべての人のすべての要求が満たされることはありません。それぞれが大事に思うことをはっきりさせて、その上でコミュニティの中で使う人も作る人も一緒になって合意形成し、問題を解決していく。ちょっと使い方が違うかもしれませんが、こういった「問題の地産地消」というようなプロセスが重要だと思いますし、そういうプロセスを導けるように、社会の中で技術がうまく使われるサンプルを提示できればと考えています。
使い手も作り手もウェルビーイングであるべき
参考になる地域の事例としては、徳島県神山町が挙げられます。プロジェクトのメンバーがテレワークの調査で訪れたのですが、話を聞くと「問題の地産地消」のポテンシャルがあるように感じます。
もちろん、それにはいくつか理由があって、地域社会やまちづくりへの意識が高いことや、3Dプリンタやレーザーカッターといった問題解決のためのテクノロジーが身近にあること、さらには、エンジニアが情報技術の無理のない導入を着想できるような自然環境やコミュニティへのアクセスがあること。そして、テクノロジーを使った社会へのアプローチに関する教育が行われている、といったことが指摘できるでしょう。
ただ、そうした特殊な事情はさておき、ウェルビーイングの実現のされ方を考えたとき、サービスの受け手だけでなく、作り手も含めてウェルビーイングであることは見逃せない要素だと思います。
ユーザーがウェルビーイングになるように商品開発をしましょうと看板を掲げても、ユーザーだけにスコープを当てるのは不十分で、サービスやプロダクトに関わる人全員がウェルビーイングにならないといけない。ブラック企業じゃないですけど、働く人が不幸だったり不健康だったりするのに、そこで作られたものを使う人が幸せで健康になるというのはおかしな話です。
作り手から受け手へ一方向のサービス提供をするような問題解決ではなく、モノやサービスが循環していく中で、それぞれのウェルビーイングの要因は異なったとしても、合意形成を通して関係者すべてが充足していくような問題解決が求められています。
作って売って使って、またどこかの別の人に伝わっていく、エコシステムに関わる人すべてが、どうやってウェルビーイングになっていくかというシステムデザインをどのようにするかということであり、神山町の事例はそこがうまく機能しているように感じます。
間に意識を向け、何かを生む余白を持つ
プロジェクトメンバーが神山町でインタビューをした際、「インタービーイング(Inter-Being)」という言葉を使った方がいて、それはまさに神山の関係性を示すものという意見もあり、なるほどと思いました。人と人の間、人と技術の間、人と自然の間、自然と技術の間など、いろんなインター=間に意識を向けるわけです。
例えばロボットに何か仕事を手伝ってもらう場合、指示したことをこなすだけのロボットをうまく使って自分の能力が上がったと考えるのか、あるいはたまに言うことを聞かないロボットであったとしても、そのロボットと付き合う中で新しい体験ができることを良しと思うのか。単純にどちらがいいとは言い切れません。間に何かが生まれてくる余白を持つ、そのことの意義をインタービーイングという言葉が教えてくれるように思います。
組織や社会の全員がこんなことを考えたり、関係するすべての人のウェルビーイングを考慮して集団を維持するのは大変です。ただそういうことに対して少しでも多くの人が意識的になって、集団のルール作りに関わるだけでも状況は大きく変わるんじゃないでしょうか。
組織は組織として生き続けないといけないし、そのために経済原理で動くことは正しいのだけれども、そこで働く人のウェルビーイングをどうやって保っていくか。そのバランスを図るためには、経済的なもの以外についても社会全体で価値づけていく必要があります。単純に「意識が高い人の話」で終わらないためには、そこも含めてうまくデザインする必要があると思います。
NTTコミュニケーション科学基礎研究所は、NTTグループの先端技術総合研究所の1つ。「情報」と「人間」を結ぶ新しい技術基盤の構築に向けて、情報科学と人間科学の両面から研究に取り組んでいる。
http://www.kecl.ntt.co.jp/rps/index.html
渡邊氏は認知科学、情報技術、メディアなどを横断的に研究しつつ、その研究成果を展示会やワークショップなどを通じて一般の人にも体験してもらうなどして、人間科学と情報技術による新しい体験・コミュニケーションを探求している。個人ウェブサイトはこちら。
http://www.kecl.ntt.co.jp/people/watanabe.junji/index-j.html
*科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)で、平成28年度に発足した「人と情報のエコシステム」領域の研究プロジェクトの一つ。プロジェクト名は「日本的ウェルビーイングを促進する情報技術のためのガイドラインの策定と普及」。
http://wellbeing-technology.jp/
徳島県神山町では複数のIT企業がサテライトオフィスを構えている。
組織が潜在能力を発揮し、いきいきと活動する。
それが組織のウェルビーイングのあり方
組織の話が出ましたが、私は個人の視点のウェルビーイングだけでなく、組織や社会の視点からのウェルビーイングについても考えることができると思っています。
前編で個人の持続的ウェルビーイングの定義を、心身の潜在能力を発揮し、意義を感じている「いきいきとした状態」と紹介しましたが、これはそのまま組織にも当てはまります。つまり、組織がそのリソースの潜在能力を発揮し、社会に対して意義を示して活動できている状態。それが組織のウェルビーイングだと考えられます。
下の図のように、個人それぞれは、身体の反応や自己認知、他者との関係からウェルビーイングの要因を調整し、一人の人間として潜在能力を発揮し、意義を感じて生きることを目指して活動します。この個人のウェルビーイングについては、セルフトラッキングや身体や世界との関係性をひも解くことの重要性を前編で話しました。
そして組織は、個人の活動や複数の個人から生まれるコミュニケーションの連関から構成され、その関係性を調整することで、組織が潜在能力を発揮し、社会に意義を示して運営されることを目指します。このように組織には、個人それぞれのウェルビーイングだけでなく、組織のウェルビーイングがあり、組織としての働きをとらえる組織運営者の視点があります。このとき、組織の中で機能するために働いている個人であっても、組織のウェルビーイングを持ち合わせると見える世界が異なるかもしれません。
(渡邊氏提供の図版を改変して作成)
個人の視点と組織の視点を行き来する
個人のウェルビーイングと組織のウェルビーイングを別物として考え、個人の視点と組織の視点を行きつ戻りつしながら、二つのバランスやその要因について考えることができるということです。
例えば、組織の参加者は各個人のウェルビーイングを最大化するだけでなく、その制約条件として組織のウェルビーイングを考えることで、そのどちらもを考慮に入れた活動をすることができるでしょう。また逆に、個人のウェルビーイングを組織のウェルビーイングと同一化しないことで、参加者が組織の道具となってしまう、つまりは参加者が自律性を失ってしまうことを回避するようになります。
組織の大きな視点を個人が持つにはある種の共感性が必要になります。一般的に共感というと個人の視点を横に動かして、他者という個人に心を重ねることですが、それを上下方向にも使ってみたらどんなことが起こるでしょうか。
前編でVRでヒーローの視点を体験する例を挙げましたが、それは、シンプルに経営者のAさんが見ている世界を、部下のBさんが体験するということもできるはずです。そのままの視点を共有するだけでも、単純にAさんがBさんに話をするよりも多くの情報を伝えることができるはずです。そして、なぜAさんはこのようなところを見ているのか、なぜこのようなことを言っているのか、BさんがAさんの立場を想像するきっかけとなるでしょう。
自分より立場が上の人の視点で世界を見ると、自分のやっていることが上位にどのように届いているのかということを想像することにもなり、Bさんの有能感や達成感を向上させることにもつながるでしょう。もちろん、このようなことは、経営者のAさんが部下であるBさんの視点を共有することでも起きるでしょう。
本当の意味で自分と異なる視点を理解することはできませんが、その存在に気がつき、他者や組織の視点をリアリティを持って想像し、それらの多様なウェルビーイングを尊重してうまくやっていく力こそが、組織におけるウェルビーイングのエコシステムを維持していく要となるのではないでしょうか。
WEB限定コンテンツ
(2017.9.25 神奈川県厚木市のNTTコミュニケーション科学基礎研究所にて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Kazuhiro Shiraishi
渡邊氏が編集長を務める触感コンテンツ専門誌『ふるえ』。NTTの研究所の五感コミュニケーション技術の研究開発成果や外部の専門家・識者の話などをまとめている。2015年10月創刊。隔月刊行。
渡邊淳司(わたなべ・じゅんじ)
NTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部主任研究員(特別研究員)。1976年東京生まれ。2005年東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。博士(情報理工学)。人間の知覚メカニズムの探求や触覚を使った情報提示原理(Haptic Design)の研究を行う。人間の知覚特性を利用したインタフェース技術を開発、展示公開するなかで、人間の感覚と環境との関係性を理論と応用の両面から研究している。近年は、学術活動だけでなく、出版活動や、科学館でのワークショップ、美術館での展示等を数多く行う。東京工業大学工学院特任准教授。著書に『情報を生み出す触覚の知性 ~情報社会をいきるための感覚のリテラシー』(化学同人)、編著に『いきるためのメディア~知覚・環境・社会の改編に向けて』(春秋社)ほか。