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マルチステークホルダー・プロセスを成功に導くのは「弱いリーダー」

事業開発に法律を活用する「戦略法務」を

[齋藤貴弘]弁護士法人ニューポート法律事務所 パートナー弁護士、一般社団法人ナイトタイムエコノミー推進協議会 代表理事

風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)の改正によってナイトライフ産業は遵法営業が可能となり、結果として日本の観光産業のアップデートに寄与することになった経緯を前編で説明しました。一連の流れを振り返ってみて、ここが肝だったと思えるポイントがいくつかあります。

ステークホルダーの心に響く引っ掛かりを取り入れる

1つは、署名運動で法改正の機運が高まったこと。外部の著名人が始めたことではありますが、これによって世論が動いたおかげで、クラブ業界や議員、警察などとの折衝がやりやすくなりました。「クラブを摘発しないで」と訴えるだけでは、折衝のスタートラインに立つことがそもそも難しかったと思います。

また、「ダンス規制撤廃」から「ナイトタイムエコノミー推進」へとリフレーミングしたことも、政界や産業界を巻き込むきっかけになりました。結果として、クラブの深夜営業を懸念する警察から柔軟な対応を引き出すことに成功したんです。

雰囲気づくりや世の中の空気づくりといったものは新しいことをするうえでは大切だし、そのためにもステークホルダーの心に響くような引っ掛かりを取り入れていくことが重要です。

これは企業の新規事業立ち上げやスタートアップにも通じる話でしょう。新しい企画を考えても自己満足だったり、あるいは社内の機運や市場の動きがそれに見合っていなければ、事業化はうまくいきません。ステークホルダーの課題を解決するようなロジックを作って相手を動かしていく、交渉のスキルが問われるわけです。イノベーションでは他人のふんどしで相撲を取らないとだめなんですね。


ニューポート法律事務所では、訴訟や示談交渉等の紛争解決(臨床法務)、契約書や各種規約整備等による紛争予防(予防法務)のほか、法律やルールを事業戦略に活用する戦略法務にも注力している。2016年設立。オフィスは全国11か所(2019年12月現在)。
https://newport-law.com


ナイトタイムエコノミー推進協議会は、政府や自治体のナイトタイムエコノミー政策立案やその民間実装をサポートするプラットフォーム。事業者・行政・DMO・専門家のネットワーク構築、関連する民間・行政の取組み支援、関連するルールメイキングの活動を推進、海外主要都市とのネットワークの強化、先進都市の知見の収集と共有などに取り組む。2019年設立。
https://j-nea.org/

みんなの意見を聞きつつ、一定方向に結論を導いていく

もう1つ気づかされたのは、リーダーやファシリテーターとしてのあり方です。

風営法をどう変えるかとか、ナイトタイムエコノミーをどう展開するかといった議論を、各業界のステークホルダーを巻き込んでオープンに進めていきました。いわゆるマルチステークホルダー・プロセスです。

ただ、オープンな議論というのはなかなか難しくて、結論が中途半端になってしまったり、愚痴の言い合いで終わったりしてしまいかねません。それを避けるために、みんなの意見を聞きつつも一定方向に結論を導いていく、ファシリテーター的なスキルが必要だと感じました。

実践するには微妙なバランスを取ることが大事で、独善的になり過ぎてもよくないし、みんなの意見をちゃんと聞いて、議論を経た上で意思決定をしていかないといけない。全体で利害調整することと、ある結論に導いていくことは、やや相反する要素がありますが、両方を意識することで質の高い議論ができましたし、結果としていい政策提言へと落とし込むことができました。

弱いところのあるリーダーだからこそ、メンバーの力を集約できる

マルチステークホルダー・プロセスにおけるファシリテーションで重要なのは、みんなが全体のために動くであろうという信頼関係を構築することなんでしょうね。

従来型のリーダーシップは、みんなを力強く引っ張っていくスタイルだったと思います。でも、多様なステークホルダーが集まる状況では、誰がリーダーかがそもそも分かりません。ナイトクラブの関係者が場を引っ張れば、どうしてもナイトクラブ振興策のような話になってしまうでしょう。そう考えると、強力なリーダーシップはマルチステークホルダー・プロセスではネガティブに作用するわけです。

特に、未来に何かをつくっていく際は、パワーバランスは特定の誰かに寄らないほうがいい。みんなの意見をどれだけ丁寧に聞けるか、どれだけみんなの共感を集めることができるか。そういうリーダーシップで、全体の意見を調整しながら、議論を実りあるものにしていかなければなりません。

たまたま僕は押しの強いタイプではないので、そこは幸いしました。『黒子のバスケ』という漫画の主人公は影が薄くて自己主張も弱いリーダーなんですけど、まさにあんな感じかも(笑)。でも、個性の強いメンバーをまとめて1つの方向に力を集約させるには、どこか弱いところのあるリーダーの方が向いているようにも思うんです。周りの企業を見渡しても、そういうリーダーが多いような気がしますし。

未来にどういう産業や文化をつくっていくかという議論では、解答がないんですよね。そこでそういう強力なリーダーがいると、かえっていいものが出てきにくい。みんなでザワザワと知恵を出し合いながら、それぞれのモチベーションをうまく引き出していけるような人が、いま求められているリーダー像ではないかと思います。

弁護士にもキャリアの多様性が出てきた

「弱いリーダー」が会社で順調な出世コースを歩めるかというと、どうでしょうね。そんなに器用じゃないような気もしますし。でも順調な出世コースなんて、もはや存在していないというのも事実ではないでしょうか。

弁護士にも王道のキャリアはあるんです。大手法律事務所に就職して、海外留学したり大きな案件を手掛けたりして、パートナー弁護士になって“上がり”というようなもの。でも、最近はそういうキャリアとは一線を画しているけれども、世の中で存在感を発揮している弁護士が出てきているのも事実です。

ITやクリエイティブの分野に強い水野祐さん(シティライツ法律事務所)や、アートやファッションの業界で注目される小松隼也さん(三村小松法律事務所)、あとは、イノベーターと官僚、法律家などからなるPublic Meets Innovation周辺のミレニアム世代の弁護士などがそうですね。弁護士にもキャリアの多様性が出てきたという印象です。

水野祐氏の取材記事はこちら。
前編「イノベーションの土壌となる法の『余白』を生み出す」
https://www.worksight.jp/issues/785.html

後編「法務パーソンと共犯関係を結ぶ」
https://www.worksight.jp/issues/787.html

事業開発からチームに弁護士を入れることで、
法に則った制度設計を進めていける

大きな企業にはおおむね法務部があって、弁護士に相談できる体制が整っていますけど、そこで寄せられる相談の多くは「新しい契約を結ぶにあたって何かリスクや不備がないかチェックしてほしい」というものだと思います。法的な視点からのチェック機能を弁護士に期待する、いわゆる予防法務としての需要ですね。

それはそれで重要ですけど、もう少し弁護士を戦略的に使えるんじゃないかと思うんです。例えば開発の最終段階で相談するのではなく、企画や事業開発の段階で弁護士に相談すると、また違う提案が出てくることもあるでしょう。事業戦略に法律を活用する「戦略法務」の考え方です。

仕組みを編み出して、法に縛られずに新しい価値を創出

何か新しいことをしようとすると既存のルールにはまらないことが往々にしてあります。例えばシェアリングエコノミーがそうでしょう。消費者同士で取引をしようという新しい発想なので、安全を担保するために事業者を規制するという従来の旅館業法や道路運送法などの建て付けが当てはまりません。

そこで、民泊新法などを新たに設定しつつ、テクノロジーを活用した信用評価の方法を確立させて、自己責任の下で取引ができるようにしていった。仕組みを編み出すことで、法に縛られずに新しい価値を創出できるようにしたわけです。

こういう場合、法に触れないかどうかを弁護士にチェックさせていたら、「業法に違反するので事業化すべきでない」という回答が来て終わりだと思うんです。グレーの案件でもリスクを回避するために黒と判断することもありますしね。

事業開発の段階から弁護士を入れていくことで、法に則った制度設計を進めていけます。どういう形であれば、それを合法に実装できるのか、法律を変える必要があるのか、何らかの法律の解釈でいけるのかといった整理を事業設計の段階に行い、必要に応じて規制官庁を巻き込むということは、特に新しいことをやろうとするときに必要ではないかと思います。

法を踏まえないと、いいアイデアも違法になりかねない

実際にそういう相談が、私が代表を務める事務所でも増えています。とりわけ業法関係の相談は多く、これからも増えていきそうです。

移動、輸送、宿泊、飲食などを中心に多くのサービス業は、各種業法によって許可を受けた事業者に限定されています。行政の監督のもとで、安全かつ効率的にサービスを提供していくために免許制をとることはかつては必要だったのだと思いますが、サービスが多様化し、業法がこのニーズに追いつけなくなっているのが現状だと思います。

このようなニーズをとらえた、BtoCからCtoC、垂直型から分散型へのサービスシフトがどんどん進んでいる印象ですし、それが従来の固定化された需給構造を崩し、新しい働き方やライフスタイルにもつながっています。

このようなサービス構造の変化を見ながら、いいアイデアを思いついても法を踏まえて展開していかないと、知らず知らずのうちに違法なことをやってしまいかねません。そういう意味で、私たち弁護士が予防法務の一面も補いつつ、戦略法務として事業開発の一助となれるのではないかと思っています。

“弁護士アップデート”は法曹界の今後の課題

産業構造の変化とともに、テクノロジーの進化に敏感であることも求められていると感じます。

例えば、2019年6月に成立した読書バリアフリー法* という、視覚障害者の読書環境を整える法律があります。読書環境の整備の方法としては、従来は、書籍の点字化、音声アーカイブ化が中心でした。しかし、このような手法では多大な変換作業を伴う時点で、全ての本に対応するのは困難ですし、時間を要します。視覚障害者の方も点字化、あるいは音声化されている本の中からしか読む本を選ぶことができません。読む対象にフォーカスした解決策だと、いくら法案を作って、予算を投下しても限界が出てきてしまうでしょう。

そのようなアプローチを180度転換し、見る対象ではなく、見る側にフォーカスする手法として、例えば、イスラエルのベンチャー企業「オーカム・テクノロジーズ」が開発した視覚障害者向けのAIウェアラブル「オーカム マイアイ(OrCam My Eye)」** というものがあったりします。メガネの横に付いているカメラで文字を読み取ると瞬時に読み上げるという優れもので、世界中で利用実績があるそうです。

こういう先進技術があることを、行政府や図書館の人も、視覚障害者の人も知りません。せっかく読書バリアフリー法ができても、このようなソリューションが選択肢としてあるかどうかによって、視覚障害者の方々の読書環境は大きく異なってきてしまいます。

このような新しいソリューションについて文部科学省と意見交換したりもするのですが、ここで法律家として重要な点は企業のクライアントワークとして営業活動にしてしまうのではなく、読書バリアフリー法の趣旨に則り意見交換をすることです。特定の企業の営業活動の支援ということになると、仮に読書バリアフリー法案の趣旨をよりよく実現できるさらに優れたサービスが登場した際、それを提案できなくなってしまうかもしれません。弁護士にはクライアントの利益だけではなく社会正義を実現するたえの公益性が求められますが、新しい公益性のあり方が求められるようになっていると感じます。

ともあれこれは一例で、法律やスタートアップなど、集まってくるさまざまな情報をうまく接続して、社会的なソリューションとして機能させるという意味で、イノベーションを手助けできたかなと思っています。ある課題を解決するための方策を行政に提案したり、企業でプロダクト開発とそのサービス化に向けて橋渡しをしたりするケースも最近は増えています。

一般の企業では弁護士とコミュニケーションを取ることを難しく考えがちですが、法とうまく付き合うことで新しい価値を市場に打ち出していくことができると思いますし、そのためにも弁護士をうまく使ってほしい。

一方で、まだ多くの弁護士のマインドセットは旧来のままだと思います。“弁護士アップデート”は法曹界の今後の課題でしょうし、私自身、新しいルール形成やその先の産業創出など、いま取り組んでいることが結果として弁護士の新たな価値として認識されていけばうれしいです。

* 正式名称は「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」で、朗読のアーカイブや点字本を増やすなど、図書館に対して視覚障害者のための読書環境の整備を努力目標として義務づけるもの。

** オーカム マイアイのウェブサイトはこちら。https://www.orcam.com/ja/

WEB限定コンテンツ
(2019.10.23 千代田区のニューポート法律事務所 東京オフィスにて取材)

text:Yoshie Kaneko
photo:Rikiya Nakamura

齋藤貴弘(さいとう・たかひろ)

1976年東京都生まれ。学習院大学法学部卒業。2006年に弁護士登録の後、勤務弁護士を経て、2013年に独立。2016年にニューポート法律事務所を開設。個人や法人を対象とした日常的な法律相談や訴訟業務を取り扱うとともに、風営法ダンス営業規制改正をダンス文化推進議員連盟と連携して実現。法改正後は、「自民党ナイトタイムエコノミー議員連盟」アドバイザリーボード座長、観光庁「夜間の観光資源活性化に関する協議会」有識者などとしてナイトタイムエコノミー政策を牽引。2019年に一般社団法人ナイトタイムエコノミー推進協議会を設立、代表理事に就任。著書に『ルールメイキング ―ナイトタイムエコノミーで実践した社会を変える方法論』(学芸出版社)。

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