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多様なまちが機能や個性を補い合う「重層的多極集中」社会へ

人口減少時代は地域の伝統文化の再発見が課題

[広井良典]京都大学 こころの未来研究センター 教授

AIを活用した社会構想と政策提言の研究において、地方分散型モデルへの移行が日本社会の持続可能性にメリットを与えるという結論が導き出されたことを前編で話しました。

そのメリットが具体的にどのようなものかといえば、1つは人口減少にある程度の歯止めがかかるだろうということです。

都道府県別に出生率を見ると、東京が一番低くて1.20、沖縄が一番高くて1.89です。九州も含めて暖かい地域が高い傾向にあり、その要因ははっきりしませんが、少なくとも東京の出生率が一番低いことは事実です。

ということはつまり、単純にいえば、東京に人が集まれば集まるほど全体の出生率はさらに下がり、地方分散型になって東京一極集中が是正されると出生率低下に歯止めがかかると考えられるわけです。


京都大学 こころの未来研究センターは、心理学、認知科学、認知神経科学、公共政策、美学・芸術学、仏教学など多彩な専門分野の研究者が集い、こころに関する学際的研究を進め、その成果を社会に発信する研究組織。2007年4月創立。
http://kokoro.kyoto-u.ac.jp/

地方分散型社会の方が生活にゆとりができ、健康や幸福にも寄与

また、AIによるシミュレーションでは、人口と並んで健康や幸福や格差の点でも地方分散型が望ましいという結果が出ました。

例えば健康という点では、2010年の国勢調査で長野県が男女ともに平均寿命が一番長いという結果が出ています。最新の2015年のデータでは、男性は滋賀県が長野を抜いて1位になったりといった変動はありますが、いずれにせよ、東京は経済的には1位であっても平均寿命のランクは上位にあるわけではない。むしろ長野や滋賀といった地方の方が上位にあるわけです。

長野の平均寿命が長い理由としては、農業など高齢者が社会に関わる機会が多くあることが指摘できます。自分が社会で必要とされているという誇りを持てる、それが心身の健康に有益であるということです。加えて、一人当たりの野菜の消費量が全国1位であること、もともと保健予防活動が活発であることなども長寿の要因として挙げられるでしょう。

総じていえば、「農村型コミュニティ」の方が時間的、空間的に生活にゆとりが生まれ、それが健康や幸福を促進するうえで大きなファクターになっていると思われます。こうした生活は東京のような大都市、いわば「都市型コミュニティ」では不可能とは言わないまでも、難しいことは確かでしょう。要は地方分散型社会の方がゆとりある生活が実現し、そこに住む人々も健康で幸せを感じる機会が増えるのではないかということです。

経済的な観点からも地域分散の方がメリットが見込めます。集団で1本の道を登っていく昭和的なやり方ではなく、多様性を追求できる社会の方が個人が創造性を発揮しやすくなります。従ってイノベーションも起きやすくなり、経済にもプラスに働くのではないでしょうか。

(広井氏の著書『人口減少時代のデザイン』p.87の図版を元に作成)

少子化の背景にあるのは未婚化や晩婚化の問題

出生率の低下については、女性の社会進出が原因としてクローズアップされがちですが、実は若者が結婚できる状況にあるかどうかが重要です。

というのも、結婚したカップルの子どもの数は、統計的にはそれほど減っていないんです。1977年の2.19から、2.09(2005年)、1.96(2010年)、1.94(2015年)と、2を少し割るくらい。少子化の背景にあるのは未婚化や晩婚化の問題なんですね。

未婚化や晩婚化の背景にあるのは、若い世代の生活の不安定さです。地方分散が進むことで一定のゆとりができることが期待できますし、実際、出生率は地方の方が高いので、結果的に出生率が高まっていくという想定はあり得るでしょう。

ただし、地方分散が進むだけでは、人口減少問題や若年層の生活基盤の脆弱さといった課題が全て解決されるとは思いません。地方への人の移動と、社会保障政策や世代間の配分の再構築といった問題は、両輪で考える必要があります。

若年層にお金が回るような「人生前半の社会保障」を

私は「人生前半の社会保障」と呼んでいますが、若い世代への雇用や住宅、あるいは教育などへの支援が、日本は国際的に見ても手薄です。全体として高齢者に回り過ぎているんですね。消費も年齢が上の世代は結構伸びているのに、若い世代があまり伸びていません。若い世代にもっとお金を配分する仕組み作りが遅れているという意味でも、日本の持続可能性は非常に危うい。これは強調しておきたいことです。

もちろん、結婚するかしないか、子どもを産むかどうかということは個人や夫婦が決めることです。しかし、希望が実現しないのは望ましいことではないでしょう。社会的な阻害要因があるのであれば、それは取り除いていかなければならないと思います。

年金支出はいま毎年55兆円ぐらいで増加傾向にありますが、例えば教育予算は4兆円で、国立大学の予算は1兆円と、桁が違うんですね。年金は原則として過去の報酬に比例して支給されるので、高い所得があった人に高い年金が回る仕組みです。いうなれば、年金制度が格差拡大を助長している面もある。しかもお金がどんどん滞留して、ただ銀行に預けられているだけというケースも少なくありません。

高所得高齢者の年金を1兆円ぐらいは若い世代に回すべきだというのが私の主張です。そういう世代間の配分も考え直していかないといけないというのが、これはまた少し別の意味での、人口減少社会の重要なテーマになると思います。

まちが歩行者中心から道路中心に変化。
それが現在の地方空洞化を招いている

日本で地方分散型社会を形成するためのポイントは、1つは「多極集中」です。一極集中でも多極分散でもない。極はたくさんあるけれども、それぞれの極はある程度、集約的な街、都市や地域になっている、そんなイメージです。

さらにいえば、100万人規模の大都市、50万人規模の中都市、さらにそれより小規模の都市や街が、それぞれに機能や個性を補い合いながら重層的に積み重なる「重層的多極集中」が望まれます。

例えばドイツがそうですね。私はアメリカに3年ほど住みましたが(ボストン)、アメリカに比べてヨーロッパの方が成熟社会として望ましいと感じており、特にドイツは地域分散型社会としてうまく機能しています。20~10万人、あるいは5万人、1万人といった小さな地方の街でも中心部が賑わっていて、しかも自動車が入らない歩行者だけの空間になっている。活気があると同時に、ゆっくりとくつろいで過ごせる居場所、コミュニティ空間が、さまざまな規模であちこちにあるわけです。

それに対していまの日本では、30万人規模以下の地方都市の商店街は、まず間違いなくシャッター通りになっています。私の実家のある岡山の中心部もそうで、かつては小さいながらも活気のある商店街でしたけど、いまは完全にシャッター通りです。場合によっては、和歌山とか高崎のような40万人規模の都市でも空洞化が進んでいます。

広井氏の共著書『AI×地方創生:データで読み解く地方の未来』(東洋経済新報社)。地方自治体の未来シナリオのシミュレーション結果などを交えて、AIを活用した政策立案の必要性を訴える。

  • ドイツの中小規模の地方都市エアランゲン(人口約10万人)は、まちの中心部がにぎわう。自動車交通が抑制されて、誰もが「歩いて楽しめる」コミュニティ空間になっている。(写真提供:広井氏、他2点も)

  • 日本の地方都市の現状は、人口20万人以下の都市はもちろん、30~40万人規模の都市ですら空洞化(シャッター通り化)している。写真は和歌山市(人口約37万人)の中心市街地。

  • 愛媛県今治市(人口約16万人)の中心市街地。

安易にドイツの真似はできないと思う方がいるかもしれませんけども、日本も1980年代ぐらいまでは5~20万人規模の地方都市は非常に賑わっていました。1990年代以降の政策が、良くも悪くも郊外型ショッピングモールを増やし、まちのつくりを歩行者中心から道路中心に変えてしまった。それが現在の地方空洞化を招いているのです。

歴史をたどれば、もともと日本は多極集中的な社会であったわけです。また、現状も決して一極集中ではなくて、札幌、仙台、広島、福岡などは、東京圏並みかそれ以上の都市化が進んでいます。つまり、いま日本で進んでいるのは一極集中ではなくて、少極集中ということなんですね。

かつては神社やお寺が地域コミュニティの拠点として機能

では、少極集中状態から多極集中へと、どう転換していけばいいのか。これは単純に国が計画して人工的に作っていくというものではないと思います。基本的には、人々の自発的な動きがベースとなって、結果的に極が形成されるという形になるでしょう。難しいところではありますが、その地域の成り立ちや歴史性が1つの手掛かりになるのではないでしょうか。

参考になるかもしれない事例として、近年私が進めている「鎮守の森・自然エネルギーコミュニティ・プロジェクト」* があります。地域コミュニティの拠点としての鎮守の森の持つ意義を、再生可能エネルギー拠点の整備とつなげて展開しようとするものです。

全国の神社、お寺の数はそれぞれ約8万あるのをご存知でしょうか。コンビニの数が約6万で、ほぼ飽和しかかっていますが、それよりはるかに多いわけです。しかし、明治の始めには神社はもっと多く、実に約20万もありました。要はコミュニティの数がそれだけあったということ。神社を中心にお祭りや市が開かれたり、寺子屋のように教育がなされたりして、地域コミュニティの拠点としての機能を神社やお寺が担っていたんですね。それをベースにまちが成立していったわけです。

人口減少時代とは、そういう地域の伝統文化や歴史性を再発見していく時代でもあるかもしれません。そうした側面も意識して住む場所を見つけていく。そんな個人レベルの動きも地方分散につながると思います。

* 鎮守の森・自然エネルギーコミュニティ・プロジェクトでは、宮崎県高原町で小水力発電、埼玉県越谷市の久伊豆神社や京都市の石清水八幡宮で太陽光発電など、各地で自然エネルギーの導入を支援している。

広井氏が所長を務める「鎮守の森コミュニティ研究所」は、鎮守の森と地域コミュニティ、現代社会との新たな関わりを考えるシンクタンク。
http://c-chinju.org/

また、「一般社団法人 鎮守の森コミュニティ推進協議会」では、地域の鎮守の森やお祭りなど、地域文化の再評価を通じて地域コミュニティ再生を支援している。会長は農学博士の宮下佳廣氏。
http://chinjyukyo.org/

地域の雇用や住宅の確保を支援する逆都市化政策が必要

この流れでいうと、若い世代のローカル志向は見逃せない動きです。10年ぐらい前から、私が受け持つゼミの学生の中にも、地域に関心を向ける動きが見られるようになりました。

例えば静岡出身の学生が、自分が生まれたまちを世界一住みやすいまちにすることをテーマに掲げたり、新潟出身の学生は新潟の農業をさらに活性化しようと研究したり。もちろん全員がそういうわけではありませんけど、若い世代のローカル志向、地域志向、地元志向は顕著な流れになっていると感じます。

毎年9月に「ふるさと回帰フェア」というNPOによる国内最大級の移住マッチングイベントがあるんですけど、その事務局の方も、参加者の中心層が50~60代の中高年から、近年は20~30代へシフトしているとおっしゃっていました。

人口減少社会というのは人口増加の時代と反対に「地域への着陸」が進むと話しましたが、移り住もうと思っても仕事や住宅が確保できるかという現実的なハードルがあるので、それを解消する支援策も必要でしょう。例えば高度成長期に東京などの大都市周辺に国が大量に団地を造成して移住を支援したのと同じように、いわば逆都市化政策というべきものも必要になってくるのではないかと思います。

WEB限定コンテンツ
(2020.3.9 港区のANAインターコンチネンタルホテル東京にて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Rikiya Nakamura

広井良典(ひろい・よしのり)

京都大学こころの未来研究センター教授。1961年岡山市生まれ。東京大学・同大学院修士課程修了後、厚生省勤務を経て96年より千葉大学法経学部助教授、2003年より同教授。この間マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。16年4月より現職。専攻は公共政策及び科学哲学。社会保障や環境、医療、都市・地域に関する政策研究から、時間、ケア、死生観等をめぐる哲学的考察まで、幅広い活動を行っている。『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書)で第9回大佛次郎論壇賞を受賞。その他の著書に『ケアを問いなおす』『死生観を問いなおす』『持続可能な福祉社会』(以上、ちくま新書)、『日本の社会保障』(第40回エコノミスト賞受賞)『定常型社会』『ポスト資本主義』(以上、岩波新書)、『生命の政治学』(岩波書店)、『ケア学』(医学書院)、『人口減少社会という希望』(朝日選書)、『人口減少社会のデザイン』(東洋経済新報社)など多数。

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