Management
Nov. 18, 2013
ベンチャーと取り組む大企業に求められること
ベンチャーとの提携を前に大企業はどう変わるべきか
[斎藤祐馬]トーマツ ベンチャーサポート株式会社 事業開発部長
前回お話ししたモーニングピッチを通じて、これまでに約20件の事業提携や資金調達などが成立しています。象徴的なのは、ネットが弱い大企業とネットベンチャーとのマッチングです。たとえば、百貨店のような伝統的小売店とウェブポータルなどを運営するネットベンチャーが提携する。リアルでの集客力はあるもののネットが得意でない百貨店と、ネット上の集客力には強みはもつものの、リアルには参入が難しいベンチャーが組むわけです。
また、クラウドソーシングが大企業に導入された事例もあります。クラウドソーシングとは、不特定多数のフリーランサーにオンラインで業務を発注できる仕組みです。
フリーランサーからすると、時間や場所を選ばずに十分な仕事を得られる場になります。例えば、女性のデザイナーに子供が生まれた場合、フルタイムで働けないものの、子育ての合間で自給2,000〜3,000円といった高い時給で在宅で働くことができる。あるいは、過疎化が進む生まれ故郷に帰って、フリーランスとして生活することが可能になる。
一方で大企業からすると、それまでは大きな会社に高いお金を払って委託していたのが、個人に頼むことでコストを抑えることができる上に、公募によるコンペ形式で発注することで、非常に多くの案から選ぶことができるようになります。これって大きなイノベーションですよね。
ベンチャーのスピード感にキャッチアップする
モーニングピッチにおける私たちの役割は、ベンチャーと大企業が出会う場を提供すること。彼らの提携に対して特に介入することはありません。でも、私たちが何かするまでもなく、わざわざ早朝に集まってくるようなモチベーションの高い大企業のメンバー同士が横に繋がって情報交換をされています。ベンチャーとどうやって組んだらよいのか、社内をどう説得するかなど、お互いに悩みやノウハウを共有して切磋琢磨されている印象です。そういった中で徐々にベストプラクティスが形成されていくと思っています。
大企業とベンチャーが手を組む上で一番の課題になるのは、スピード感のズレです。ベンチャーは主に未上場なのでベンチャーキャピタルから資金調達をして、そのお金にレバレッジをかけて、いかに事業を成長軌道に乗せられるかを勝負しています。そのため、どうしてもスピード重視になる。逆に大企業はなるべくリスクを冒したくないという考えが基本にあり、あらゆることが慎重になります。
大企業のなかで「ベンチャーと組む」ことの優先順位が低くなりがちなことも重要な課題です。既存事業の売上が十分ある一方で、苦労してベンチャーと組んでも、成果は数億にしかならない。そんな状況だと「なぜそんなことやってるんだ」と経営陣から苦言を浴びかねないわけです。
これらを踏まえてマッチングの成否を分けるポイントを考えてみます。第一に、大企業の側にベンチャーのスピード感についていける人間を育てていくこと。例えば、日々ベンチャーと接する現場に、少額でもよいので決裁権を持たせる。そもそも現場の人間が考えることは、正しいことが多い。そして現場から離れていくほど判断が鈍りやすい。ですから、現場の人間に任せる部分をつくることがまず大切です。
すると、現場の判断で進められる業務がはっきりします。それがうまくいけば、小さな成功事例として積み重なっていく。「こういった成果を出したんだから、次はこんなことをやらせてほしい」と上に話ができるようになります。これを繰り返すと、現場の自由裁量も広がって、ますますスピード感が上がっていきます。
新規事業は売上以外の指標で評価する
ベンチャーと組んで新規事業を立ち上げるときは、売上以外の指標で評価してもらえるように動くことも非常に重要です。売上で勝負しようとしても既存事業には勝てず、肩身の狭い思いをすることが多いからです。すると、やはり「なぜそんなことしてるんだ」と経営陣から厳しい目を向けられてしまいます。特に、事業立ち上げから結果が出るまでタイムラグをどう乗り切るかが、ポイントです。
売上以外の指標というのは、例えばPR効果によるブランディングへの貢献です。新規事業を始める際にイベントなどを上手く開催して戦略的にPRを行うことで、「こんなに新しいことをあの大企業が始めた」となると、メディアの方に取り上げて頂けることが増えてきます。この際、本社の広報に頼り切りにならずに、新規事業のメンバーも積極的に広報活動を行い、メディアの方に情報発信できるような関係を築いていくことが重要です。というのも、特に初期段階は全社的にその新規事業を押し出す理由が薄いので、なかなか本気で支援をしてもらいにくいからです。
メディアで掲載が増えてくると、だんだん協力者が増えてきます。これは広報における「ブーメラン効果」といって、社内の人が言うよりも社外からメッセージを受ける方が、経営陣含む社内のメンバーにとって説得に向けたインパクトが大きいからです。
トーマツベンチャーサポートは今年の上半期ではトーマツ全体のメディア掲載のうち3割以上を占めるようになってきていますが、事業の立ち上がりに不可欠な要素だった印象が強いです。
関連して、PR効果による採用への好影響も非常に重要なポイントです。採用時に競合との差別化するための訴求ポイントとして認知されれば、その新規事業の重要性が増してきます。
また、教育効果も重要な指標になります。つまり「ベンチャーに触れたことで社員たちはこう変わった」と言えること。仮に大きな売上が望めないにしても、経営陣は「これは教育に必要なコストだから」と前向きに考えるようになります。
実際、ベンチャーと接している大企業の社員は、明るい方が多い印象です。それは多分こういうことなんです。ベンチャー社長はみな自分なりのミッションをもって仕事に向き合っている。そのベンチャー社長と接する人間も、やはりミッションを持って仕事をしなければ相手にされない。そのうちに「自分は何のために働いているか」考えるようになって答えを出していく。そのうちに、顔つきが変わっていきますよ。社内でも「あの部署の人たちは、凄く働いているけどいつも楽しそうだ」と評判になったりする位です。
トーマツベンチャーサポートは、新規性や独自性、強い成長志向を持つベンチャー企業が抱えるニーズ(販路開拓、資金調達、知名度アップ、人材確保など)に応じた支援をしながら、大手企業、金融機関、自治体、大学、ベンチャーキャピタルなどとマッチング機会を提供する。斎藤氏が説明したモーニングピッチのほか、全国のベンチャー企業や関係者が一堂に会するベンチャーサミットなどのイベントも開催している。
http://www.tohmatsu.com/tvs/
ベンチャーを見るときは
まず社長自身を見る
自分たちが組むべきベンチャーを探す「目利き」については、数多くのベンチャーを見るなかで養われていくもの。そのための場として「モーニングピッチ」などを利用していただきたいところです。
ただ、私が思うに見るべきポイントは6つあります。(1)まずはベンチャー社長が持つストーリーです。どんな原体験があり、どんな社会的課題を、どう解決しようとしているのか。(2)腹をくくってそのストーリーにコミットしているかどうか。(3)口で語るストーリーと背中で見せるコミットを上手く生かして、周囲の人間をどれだけ巻き込むことができているか。この3つは社長のマインド面ですね。その上で事業面をチェックします。(4)どのぐらいのマーケットがあるか。(5)競合に対してどんな差別化をして、いかにシェアを奪っていくのか。(6)社長含む経営陣のチーム力。
前提として、事業内容とのマッチングを見るだけでは足りないことを押さえてほしいと思います。むしろ、まず見るべきなのは、社長自身がどんな人間で、どんなことを考えているか。社長の人間性がそのまま表れるのがベンチャーですから。
異端児、変わり者を許容する度量を持つ
ベンチャーと組んで新しいことを始めたい。もし本気でそう考えるなら、大企業の社員であっても、起業家のような考え方、行動が必要になります。それが、自分なりのミッションを持って仕事をするということなんです。特に、ベンチャーとの接点になる社員には、ミッションを実現するために大企業とベンチャーの間の塀の上を走りながらイノベーションを起こしていくイメージが必要です。ベンチャー社長や、他の大企業で同じミッションを抱えている人たちと交流するなかで、辛いときももっと頑張っている社長と比べ、自分がどれだけ環境に甘えているのかを考えたり、他の大企業で成果を出している方には負けないぞと思えたりもして、安易にミッションから逃げずにすみます。
そして、加えて彼らをマネジメントされている上の世代の方が非常に重要な役割を担っています。
世の中を変えるのは「バカ者」、「若者」、「よそ者」と言ったりもしますが、新規事業という面では「バカ者」というのは7割成功しそうなら任せるくらいの勇気のある経営層のことだというお話を最近お聞きしてとても感銘を受けました。このフレームワークだと「若者」は会社の現場社員、「よそ者」はベンチャー企業になると思いますが、マネジメント層の重要な役割を上手く表現されていると思います。
異端児だろうが変わり者だろうが、受け止める度量を持つこと。マネジメント側から見れば、指示した仕事だけする、きちんと報連相をする社員のほうが扱いやすい。しかしそれだと起業家のように考えられる社員たちは窮屈で、いずれ辞めてしまいます。
起業の数が増えるのは歓迎すべきことです。しかし、みんながみんな必ずしも起業する必要はありません。むしろ、本当に大企業を変えようと思ったら、大企業の中にいながら起業家のように振る舞う人間が必要不可欠なんです。
大企業2社とベンチャー1社の組み合わせに期待
最近になって私は、1つ成功パターンを発見しました。それは、大企業1社とベンチャー1社の2社ではなく、大企業2社とベンチャー1社の3社で提携すること。実は「モーニングピッチ」もこのパターンです。トーマツと野村証券は大企業、そこにSkyland Ventureという少人数のベンチャーキャピタルが入っている。
先ほど触れたように、大企業にとって大きな売上が望めない新規事業は、どうしても優先順位が下がります。相手がベンチャーになると余計に、経営陣から「ロットが合わないんじゃないか」などと横やりが入る。まだ無名のベンチャーと組むときは「○○と組んでいる理由は……」と説明しなければならなくて、なかなか進まなくなるわけです。ですが、そこにもう1社大企業が入るだけで、「あの企業も加わっているのなら」と、異論を唱える人が減る。同じ「ベンチャーと大企業の提携」であっても安心の大きさが違う。これは、今後のスタンダードになるのではないかと期待しています。
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(2013.10.22 千代田区のオフィスにて取材)
斎藤祐馬(さいとう・ゆうま)
2006年公認会計士試験に合格し、監査法人トーマツ(現・有限責任監査法人トーマツ)に入社。会計監査、株式公開支援業務、内部統制構築支援業務などに従事した後、2010年よりトーマツベンチャーサポートの事業の立ち上げに参画し、トーマツグループ史上最年少で事業部長に就任。300社以上のベンチャー企業に向けて販路開拓支援、パブリシティ支援、資金調達支援などを実施することに加えて、50社以上の大企業向けに新規事業創出支援を行っている。