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イノベーターは逆境の中でこそ育つ
【日本のシリアル・イノベーター(2)後編】

複数のイノベーションで直面した共通の課題とは

[小木曽聡]トヨタ自動車株式会社 製品企画本部 副本部長、常務役員

成熟企業においてイノベーションを起こす人材・組織のあり方を研究する「シリアル・イノベーター研究会」(株式会社リ・パブリック主催)とのコラボレーション企画。日本の大手企業で活躍するイノベーターをシリーズで紹介する。

シリアル・イノベーターとは、「重要な課題を解決するアイデアを思いつき、その実現に欠かせない新技術を開発し、企業内の煩雑な手続きを突破し、画期的な製品やサービスとして市場に送り出す。この過程を何度も繰り返せる人材」* のこと。

前編でプリウスやアクアの開発について話しましたが、複数のイノベーションを経験してみて、出てくる課題にはいくつかの共通点があると感じます。

定番で出てくるのは、革新的なことをやりたいけれど、どこへ向かえばユーザーに当たるのか、あるいは突飛すぎて外れるのかという企画の方向付けですね。

それから技術のネタ探しの難しさもあります。社内に技術のシーズはあるものの、この技術を使えば必ずヒットするなんていう都合のいいものは世の中に存在しません。あればみんな使っているはずですしね。だから、いろいろな技術がある中でクルマというプロダクトに合ったものをどうやって選ぶか、それもテーマとなるわけです。

報告書を読むだけではマーケットリサーチは不十分

これら2つの課題については、企画を考える段階でユーザーの声を徹底的に聞くことが1つの対策になります。前編で、初代プリウスのユーザーの声を2代目プリウスの企画に反映して成功につながったと話しました。その経験から、今でもこの方法を続けています。

マーケットリサーチは専門の会社に委託もしていますが、人の価値観や社会の環境変化の先を深く読むにはそれだけでは不十分な気がするんですよね。単に現状のマーケットを詳細に分析するだけならその道のプロに勝てないけれども、僕らイノベーター的にモノを提案する立場の人間は、そういうマーケットの情報を浴びつつ、持っている既成の技術や開発中のテクノロジーをすり合わせることで、より効果的な提案ができるんじゃないかと。1つの専門性を深掘りする「T型人材」か、複数の専門性を持つ「Π(パイ)型人材」かでいえば、僕は後者ということです。

つまり、トヨタが持っている「技術のシーズ」と、自動車市場の未来という「アウトプット先」の両方をつなげるわけです。これをマーケットサイドの人がやるには技術を理解しないといけないけれども、それは難しい。だからこちらがマーケティングサイドへ踏み込むんです。そうやってユーザーの潜在ニーズや技術の伸ばす方向性についてインスピレーションを受けて、提案につなげていく。

ゆめゆめ間違えてはいけないのは、やりたいことにあう都合のいいデータを揃えるのではないということ。客観的な判断で読みきって、それが製品として正解であれば、後はブレずにしつこく粘り強くやり続けていけばいいんです。間違ったら変更するしかない。イノベーションはそうやって立ち上がっていくのだと思います。

「絶対に勝てる」コンセプトがメンバーをモチベートする

技術とマーケティングを統合して企画やコンセプトを作ることは、プロジェクトマネジメントの質も高めます。

クルマを開発するには、企画、設計、開発、生産技術、営業など多くの担当者がいて、人数でいえば軽く300人は超えるでしょう。業務を委託する会社や工場も含めれば数倍になる。すべてが専任ではないにしても、規模が大きいことは確かです。

革新的なプロジェクトというのは課題が困難だし、プロセスも複雑、そのうえスケジュールもタイトだったりします。その中でモチベーションを高く持って、目の前の課題に果敢に取り組んでもらうには、その仕事が単なる無茶でなく、マーケットの将来性でも技術の面でもコンセプトが裏打ちされていることをしっかり伝えることが重要です。

クルマの開発は数年かかりますから、その間に企画がふらふらしてはダメだし、かといって世の中が変わったら思い切ってやり直す判断も必要です。ライバルメーカーがよりよいものを先に出したら、それも修正に加えないといけない。いかに正確に先を読んで、的確なコンセプトを立てるか。しかも簡単に作れる内容だったらライバルに負けてしまうので、絶対勝てるものでなければいけません。

高い目標でありながら、なおかつメンバーの納得を引き出せるもの。そこがしっかりしていると、ちょっとくらい無理でも周りは「なるほど」と言ってついてきてくれます。前編で、こちらの厳しいオーダーにも担当者が応えてくれると話しましたけど、その背景には企画自体の説得力もあるわけです。

大きな構えと周囲への気配りを持ち、さらにタフであること

ただ、いくら注意深く企画を作っても、イノベーションの際に出てくるすべての課題に対処できるわけではありません。

例えば、作り込みのステージでは、より革新的なものにチャレンジしたいけれども、日程やコストの面でバランスできないという課題が起こることがあります。特に私が担当してきた環境車は、アフォーダブル(購入しやすい価格)なイノベーションでプロダクトを普及させないと環境の役に立たないことを意識してきました。その所定コストの中にどうやって革新的な技術を盛り込むかも現実的なテーマです。

また、新しいことをやろうとすると量産の技術を新たに構築しないといけないので、生産技術の人たちとの連携も欠かせません。設計、生産、工場など各部門のリーダーや担当者と密にコミュニケーションを図るため、検討や意思決定の場づくりも重要になってきます。

こうしたテーマの解決法に特効薬はありません。愚直に技術開発で解決していく場合もあれば*、例えば設計と生産技術の部門で建物を共有して作業を効率を高めるなど、生産技術そのものを改革する場合もあります。プロジェクトごとに対策は変わってきます。

個別の問題に精力的に取り組むのに、まず不可欠なのは体力です。僕は毎日ランニングをして体力作りをしています。それから気力も大事。時々へこんだりもしますからね。大らかさや鈍感さも必要でしょう。でも、あまり鈍感すぎてみんなに嫌われてもいけない。どんと構えながらも周囲にケアもできて、しかもタフで、というところを組み合わせないといけないんだと思います。

僕は入社当時は神経質で視野の狭い、技術一辺倒の間で、人と打ち解けて話すなんてとてもできませんでした。今からでは想像もつかないような人間だったけど、やりたいことをやっているうちにだんだんこうなってきたんです。

* シリアル・イノベーターの定義
『シリアル・イノベーター ~非シリコンバレー型イノベーションの流儀~』(アビー・グリフィン、レイモンド・R・ブライス、ブルース・ボジャック共著、プレジデント社)より。

トヨタ自動車株式会社は世界最大手の自動車メーカー。売上高25兆円(連結、2014年3月期)、従業員数33万人(2014年3月現在)。1937年創立。
http://www.toyota.co.jp/

* 技術開発による解決法には、例えばコンピュータによるシミュレーション、ナノレベルの計測分析、実験室でのトライ・アンド・エラーの繰り返しなど、さまざまな手法がある。

メンバーが切磋琢磨しながら
たくましく成長していくことも喜び

企画作りから技術開発、マネジメントまで、いろんな困難がありながら、なぜイノベーションに携わり続けるかといえば、それはやっぱり面白いから。嫌になったり飽きたりといったことがないんですよねえ、これが。もともと技術開発が好きで、技術を最終的な製品に仕立ててお客さんに楽しんでもらうことに思い入れがあるんです。だからそれを実行できることに純粋な喜びを感じます。

それからプロジェクトをいくつも経験していると、時には激しく議論しながらも仲間たちが切磋琢磨して、最終的にすごくいいチームになっていたりするんです。若手も成長して、いつの間にか頼もしく仕事をしていたりして。それがまたほほえましいんですよね。年を取って、だんだんジイさんの気分になってくる(笑)。

特に私の場合、R&Dの立場であるけれども、広報宣伝やマーケティングの人とも一緒に活動しているので人の輪が広がります。自分がマーケティングに深く関わって企画したプロダクトなので、作った側の心を伝えた方がいい宣伝ができると思って、宣伝の企画にも参加させてもらうんです**。もの作りの面白さだけでなく、人とつながる楽しさも味わえるから飽きないのかもしれません。

もう1つ、日本の企業で日本のもの作りを育んで残していかないといけないという使命感もありますね。昔から言われている通り、日本は人口が多いわけでもないし土地が広いわけでもないし資源があるわけでもない。労務費も安くありません。自分ができる貢献はささやかですけど、日本がちょっとでも元気になる手伝いができたらいいなという思いがあります。それも難しい課題に挑むモチベーションになっています。

強いイノベーターは逆境の中でこそ育つ

イノベーターを育成できるかどうか。これは難しいテーマです。個人的には、イノベーターの資質がある人は一定の確率で存在するという気がします。となると、要はそういう人たちが活躍できる土壌を作ることができるかどうかという話かもしれません。

僕が今回話しているのはR&Dのイノベーションですけど、マーケティングや工場、生産など、いろんな部門にイノベーターのタマゴはいっぱいいることでしょう。その人たちをイノベーターとして成長させ、活躍させるには、ある規模のプロジェクトや仕事を幅広く経験できるような、風通しがよくて活気のある土壌を会社の中で耕していくしかないと思います。

本人たちの熱意や仕事ぶりを尊重してあげながら、でも甘やかさないこと。イノベーションはそう簡単に達成できません。強いイノベーターは、みんながもろ手を挙げて協力するような体制でなく、逆風の中でも自らの力で活路を切り開いていくことで育っていくと思います。でも逆風だけの殺風景な光景の中では育たない。活気がありながらも、逆風もある。そういう土壌が要るんだと思います。

これは2代目プリウスを逆風の中で開発した経験から言えること。苦労はしたけど、それが糧になっているんです。きついトレーニングをするほど体力が付いてくるし、走る距離も伸びてきます。それと同じだと思います。

WEB限定コンテンツ
(2014.5.9 渋谷区のトヨタ自動車オフィスにて取材)

** 例えば、プリウスのテレビCM制作ではロケーションやキャストにも注文を出した。また、アクアの社内コミュニケーション用CMは、小木曽氏のアイデアにより、生産委託先である関東自動車工業の岩手工場で行われた第1号車完成式(2011年12月)を取り上げている。

小木曽聡(おぎそ・さとし)

トヨタ自動車株式会社 製品企画本部副本部長、シャシー技術領域領域長、常務役員。1961年生まれ。1983年トヨタ自動車入社。シャシー設計部を経て、1993年、初代プリウスの開発プロジェクトにつながる「G21プロジェクト」の立ち上げに参加。以降、初代プリウスから2代目、3代目、プリウスα、プリウスPHVまで、プリウスシリーズの全ての製品企画・開発に携わる。アクアの開発でも開発責任者を務める。現在もチーフエンジニアとして次世代環境車を担当。2011年4月より現職。

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