Innovator
May. 29, 2017
オフィスに必要なのは「効率の悪い余白」
オフの時間をゆるやかに共有する仕掛け
[宇田川裕喜]株式会社バウム 代表取締役、クリエイティブディレクター
前編で体験のデザインのしかたの一端を説明しましたが、実際にデザインを進めていくうえでは、どれだけわくわくできるかということも重要なファクターになります。
百貨店にツリーハウスの体験・販売スペースをつくったケースでも、実はつくる方がわくわくしていました。それがお客さんにも伝わって、わくわく感を引き出せました。売り場が楽しい雰囲気に包まれて販売員にも活気が出たし、そういう雰囲気に触れて企画した僕自身も何か新しいことが始まりそうだという高揚感がありました。
自分もクライアントも、そしてそこに参加する人たちも、みんながわくわくできるような場をつくれたら体験の質が変わってくるし、そこに生まれる関係性も深まってくると思います。
関係性の豊かな街で働くと、仕事はもっと楽しくなる
同じことがオフィスデザインでもいえるはずです。一般的に組織の中で熱く仕事に取り組んでいる人は2~3割で、他はそうでもないという話はよく聞きますよね。それで成り立つのが会社という仕組みの優れたところではあるんですが、モチベーションがそう高くない人に前向きに仕事に取り組んでもらうには、まず楽しいと思える体験をつくることが重要です。それがいいコミュニケーションにつながっていくはずですから。
コミュニケーションデザインの1つの例として挙げられるのは「丸の内朝大学」* です。設立にも関わりましたし、自分で講座を受け持ったり講座のコーディネートを手がけたりもしています。
丸の内朝大学は職場以外の仲間と出会い、一緒に学ぶことで他の人の思考との差分から気づきが促され、自分がちょっと進化する、そういうコミュニケーションができることを目標にしています。
僕自身、朝大学での活動を通じて何百人もの知り合いができました。丸の内界隈を歩いていると結構な頻度で知り合いとばったり会いますね。「やあ」「どうも」で立ち話が始まる、そういう関係のある街で働くと、仕事自体の楽しさにもつながると思います。
違う舞台でも活躍する人が身近にいると刺激を受ける
オフィスでも、仕事をしたことで働く人が何かを学んで、よりよい未来に向かっていく、そういうコミュニケーションが望まれているのではないでしょうか。
僕らはシェアオフィスやオフィス街区のコンセプトも手がけていますが、オフィスに必要なのは効率の悪い余白だと思います。たとえるならば学校の部活みたいなものでしょうか。
学校は基本的に学ぶところではあるけれども、授業以外に部活もあります。部活が勉強の妨げになるから不要かといえばそうでもない。部活で活躍している友達がいると、素直にかっこいいなと思うし、じゃあ自分は負けずに勉強を頑張ろうという具合に、モチベーションの源泉にもなりうる。
違う舞台でも活躍する人が身近にいると刺激を受けるわけです。最近シェアオフィスが増えているのは、違うフィールドの人同士が交流することで何かしらの刺激を与え合うことができるからでしょう。部活と似たような作用があるのではないかということです。
卓球台を起点に、面白がる人が連鎖して心地いい場に発展することも
自社オフィスで異分野からの刺激や偶発的なコミュニケーションを演出する仕掛けをつくるのは難しいですが、1つの参考として喫煙所が挙げられるかもしれません。以前タバコを吸っていたんですけど、あのコミュニティで交換する情報は面白いんですよ。役員も若手もフラットで、意外な視点から仕事にヒントを与えられたりして。オフの時間をゆるやかに共有できることの価値は大きいと思います。
海外にもヒントはあります。例えばポートランドの中心部では月に1回、ブロック全体を封鎖してパーティをします。オフィスも含めたエリア全体がお祭りムードに包まれて、ビールを飲みながら人ごみの中を歩き回っていると、知り合いに出くわします。仕事の関係者でもオフィスで話すのとは違って、その場の盛り上がりにつられてお互いリラックスしてるから、ざっくばらんに話も弾む。さらにその場で知人を紹介されたりもして、たくさんの人と立ち話をしながらコミュニティをつなげることができるんです。
コペンハーゲンでは街なかに公共の卓球台が置いてあったりします。その脇にうまいピザ屋ができて、芝生もあって、そのうちビールを売る店もやってきた。いつもいるのはタトゥーを入れた若者たちが多かったりしますが、老若男女を問わずいろいろな人が集まってくるようになって、こういう発展のしかたをする場があることは興味深いです。
たまたまその場所に何かがあって、それを面白がる人が集まってきて、その周りに飲食スペースや居心地のいい環境が整えられていく。その結果、さらに多くの人を吸い寄せる磁場になっていったわけです。その場を観察して、これは面白いなと思ったら、そこを起点に場づくりを進めていくやり方もあるということでしょう。
株式会社バウム(BAUM)では、コンセプトデザイン/エクスペリエンスデザイン、広告キャンペーンの企画制作、店舗等の企画、コピーライティング/ネーミング、紙媒体/WEB媒体制作などの事業を展開。米国オレゴン州ポートランドの企業との共同プロジェクトも進めている。設立は2010年。
http://ba-um.jp/
* 丸の内朝大学
大手町・丸の内・有楽町エリア全体をキャンパスとした市民大学。2009年春に開講後、のべ1万7千名以上が参加している(2017年4月現在)。
http://asadaigaku.jp/
オフィスの周りでわくわくする体験を
いかに作っていけるか
バウムでもオフィスに卓球台を置いています。あえて幅60センチくらいのコンパクトなものを手づくりしました。こんな細いの見たことないから、見るとやりたがる人は多いですね。実際に卓球が始まるとその場が楽しくなりますし、そこから始まるインフォーマルなコミュニケーションがビジネスにいい形で影響していくこともあります。
コペンハーゲンではサウナもコミュニケーションを円滑にしてくれます。BIG** が設計した運河を活用したプールの脇にサウナが設えられていて、汗をかいたらプールに入って水風呂代わりにするんです。水に浸かってシャキッとすると頭の中が整理されるし、そういうシチュエーションを利用して北欧ではサウナで会議する文化もあります。日本のオフィスにサウナを作れとはいいませんが、フラットな関係は喫煙所にも近いですし、何かのヒントにはなるかもしれません。
オフィスの外でわくわくできたら、仕事にもその気持ちで向き合えるはず。オフィスの周りでわくわくする体験をいかに作っていけるかということも、これからは問われてくると思います。
スピード感ある展開でポートランドに拠点を構える
地域ぐるみでコミュニケーションの場をつくっていこうという取り組みは日本より海外の方が進んでいますね。特にポートランドやコペンハーゲンは街全体が楽しいことを進んで取り入れていこうという空気にあふれて面白い。面白くて仕方なくて仕事を一緒にしてもっと学びたいとおもいました。結果的にどちらにも小さな拠点があります。
ポートランドを最初に訪れたのは2012年。会社を立ち上げて2年後のことでした。街中に醸造所やコーヒーの焙煎所など新しい感触の場があって、心地いい雰囲気があった。知り合いに会うとすぐ立ち話が始まるようなフランクな土地柄であり、地元の中央線文化に通じる風変わりな人の多い空気も性に合っています。
リーマンショックの後、モノやお金の豊かさだけでなく、暮らしの快適さや精神的なゆとりを求めてポートランドに人が集まってくるようになりました。効率一辺倒ではないところに魅力を感じて、ここの人たちと仕事をしたいと思ったんです。
決めたら止まらなくなって隔月で行き来する日々が始まりました。街づくりのプロジェクトを立ち上げようと地元の自治体や関係者に掛け合って小さくスタートしました。今は日米両国の企業や行政をパートナーに日本とポートランドのいいところを組み合わせた仕事に取り組んでいます。
わくわくしてとまらない6次産業化をデザインしたい
日本の仕事ではここ最近、少量生産の食べ物や飲み物に関係した案件を多く扱うようになってきました。
例えば、コーヒーレーベル「Coffee Wrights」*** の立ち上げですね。世界の色々なところでコーヒーの仕事をしてきたロースターとバリスタを中心にコーヒー豆焙煎所とカフェを兼ねた小さな店をつくりました。
コンセプトは「コーヒーをする人を増やす」。ここのスタッフと立ち上げ前に話していて、「コーヒーがしたい」という斬新なセンテンスが出てきたんです。大好きで、極めたいと思っていると、そういう言葉が出てくるんだと衝撃を受けました。そしたらいい豆をつくって、淹れ方も教えてあげて、お客さんも「コーヒーする」ようになれればいいと思ったんです。豆を買ったお客さんの家でのコーヒー体験までを変えたい。そう思ってお店をつくるとすごい店になるんじゃないかと思って頑張ってます。
食べ物に関連するところでは農業の6次産業化にも取り組んでいます。生産者が頑張っていいものをつくっても、加工品の企画、パッケージデザインや流通で壁に当たる人が多いんですね。そこでちゃんと売り「場」までたどりつけるようなものを一緒に作りたいと思いました。
以前、長野のリンゴ生産者をアメリカ・オレゴンのリンゴ農場やハードサイダー(米国風シードル)づくりの現場に案内したことがあるんですけど、この夏にはもう彼らと一緒につくったハードサイダーが完成しますし、彼らとつながった現地の醸造所は日本品種のリンゴと酵母をつくったお酒を商品化しました。バチっとはまると都会の人の常識なんて軽く超えていくエネルギーが食べ物づくりの現場にあるんです。
今後も日本だけでなくポートランドやコペンハーゲンも含めて海外案件を増やして、いい未来をつくっていきたいです。もう社会課題の解決につなげるのは当然の前提なので、わくわくして動きたくてたまらない人を増やすよいうな仕事を、いろんな場所でつくっていきたいと思います。
WEB限定コンテンツ
(2017.3.8 渋谷区のバウムオフィスにて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri
** BIG
ビャルケ・インゲルス・グループ。コペンハーゲンに本社を置く建築デザイン企業。
ワークサイトの取材記事はこちら。
「個の強みを最大限に活かし組織の“らしさ”を磨く」
ワークサイトでは、ヘルシンキのソフトウェア企業「Futurice」を取材している。サウナを有効利用しているオフィスだ。
「『ヨーロッパで一番』の職場が大切にしているもの」
精神性を重視するポートランドのライフスタイルについては、ワークサイトの菅付雅信氏への取材記事でも触れられている。
「資本主義の成熟がもたらす『物欲なき世界』」
*** 「Coffee Wrights」は2016年12月、東京・三軒茶屋にオープンした。運営はWAT社。
宇田川裕喜(うだがわ・ゆうき)
東京都生まれ。大学時代は環境雑誌記者として企業取材をしながら世界各地を探訪。広告業界を経て、コミュニケーションの力で「場」を生み出すことで企業や社会の課題解決を図る株式会社バウムを2010年に設立。社会人向けの市民大学「丸の内朝大学」のプロデュースなどを手がける。2012年より米国ポートランド、2016年からデンマーク・コペンハーゲンでも活動を開始。現地での場づくりのほか、日本企業の現地展開もサポートしている。