Management
Oct. 31, 2016
新市場型イノベーション・プロジェクトのマネジメント課題は何か
プロセスを明確化して、エースが主導する
[横田幸信]東京大学i.school ディレクター、i.lab マネージング・ディレクター
i.labやi.schoolの活動を通して企業のイノベーション創出を支援してきましたが、ほとんどの企業は新しい製品やサービスを生み出す業務プロセスを持っていません。日本企業でイノベーションがなかなか生まれない理由はいろいろ言われていますけれども、個人的な見解としては業務プロセスを作り出すことがイノベーション促進の最大の肝ではないかと考えています。
既存の製品やサービスの拡大については決まった業務プロセスがあるんです。言ってみれば、これから始まるのは100メートル走だと決まっていて、事前にウォーミングアップもできて、号砲と共に飛び出して全力疾走していくようなイメージです。しかしイノベーションではそういうお膳立てはできません。
イノベーションとはそもそも新しい競技を作り出すような取り組みです。短距離走なのか長距離走なのか、それとも球技か水泳か。戦略や戦術はもちろん競技種目さえ分からない状況で、企業でイノベーション・プロジェクトに取り組むメンバーは「とにかくスタートを切れ」「何か新しいモノを作ってくれ」と上層部からプレッシャーをかけられる。これでは成果が出なくて当然ではないでしょうか。
破壊的イノベーションの新たな潮流「新市場型」
確かに、多くの企業は持続的な改善・改良に注力してきました。しかし、それらはゼロから1を生み出すというよりは、今ある1の製品の価値を高めていく研究開発を効率よく行っていく、それがイノベーション・マネジメントであるととらえてきたんです。
しかし1990年代くらいから、この持続的イノベーションのマネジメントではうまくいかないと気づいたんですね。それまでは改良に改良を重ねる研究開発に100万円を投じて、リターンが150万円あった。しかし90年代に入ると、100万円投資しているのに110万円しか戻らない状況がある一方で、10万円の投資で150万円のリターンを得る企業が現れ始めます。ハーバード大のクレイトン・クリステンセン教授がいう破壊的イノベーションが市場を席捲するようになったのです。
この破壊的イノベーションには2種類あります。1つは新しい技術でより安価なもの、利便性の高いものを提供するローエンド型。もう1つは市場そのものを作り出す新市場型です。この新市場型のイノベーションが、現在大きな3つ目の潮流として到来しています。
俯瞰すると、「持続的イノベーション」、「破壊的イノベーションのローエンド型」、そして「破壊的イノベーションの新市場型」となるわけですが、前の2つと3つ目は本質的に異なります。前の2つは今ある市場の中でいかに戦うかが主眼となりますが、3つ目は市場がない中でいかに市場を作るかを考えないといけないからです。
東京大学i.schoolは、東京大学・知の構造化センターが主宰する教育プロジェクト。イノベーション人材の育成を目的に2009年に設立された。
http://ischool.t.u-tokyo.ac.jp/
i.lab(イノベーション・ラボラトリ株式会社)は新規事業創出のためのコンサルティングファーム。i.schoolで研究したイノベーション創出のための方法論を活用して、クライアント企業に事業アイデアを提案する。
http://ilab-inc.jp/
プロセスを設計すればイノベーションは創出できる
私が特に興味を持っているのは、3つ目の新市場型のイノベーションです。
例えば製薬業界では、出資やM&Aを通じてベンチャー企業のソリューションを取り込むことで既存医薬品の効果を高める持続的イノベーションやジェネリック医薬品などのローエンド型破壊的イノベーションは数多く成し遂げられてきました。
しかし、これから注目されるのは予防医学やアンチエイジングの分野です。病気になったときに薬を投与するのではなく、病気にならないために漢方や運動などをどのように人々の生活の中に織り込んでいくか。この新市場を開発するイノベーションがこの10年ほど模索されているわけですが、突出した成果は今のところ見受けられません。というのも、いかにそれを実現するかという方法論が企業内に存在しないからです。今は製薬を例に挙げて話しましたが、これはあらゆる分野について言えることです。
受動的に一人の天才がアイデアを出すのを待ったりするのではなく、 能動的に組織業務の結果としてイノベーションを創出する方法論はあると私は考えています。ただし、これという統一理論のような方法論ではなく、企業の持つ経営資産やプロジェクトメンバーの目指す方向性、予算、期間などを総合的に勘案して、その企業、あるいはそのイノベーション・プロジェクトで有効に機能しうる方法論を独自に構築することが必要です。
ポイントはプロセスの業務設計にあります。そのプロセスの作り方、またイノベーションで重要な役割を果たす人材と体制のあり方についてまとめたのが『イノベーションパス』という本です。詳しい内容は一読いただければと思いますが、ここでは本書で書ききれなかったことや、執筆後に得られた気づきや知見も交えてお話ししたいと思います。
(『イノベーションパス』(横田幸信、日経BPマーケティング)p.29の図版を元に作成)
横田氏の著書『イノベーションパス』(日経BPマーケティング)では、i.schoolとi.labのノウハウをベースに、アイデア創出法やイノベーションのマネジメント手法を事例を交えながら解説している。イノベーション・プロジェクトに携わる人に大きなヒントを与えてくれそうだ。
エース主導型なら上層部からの信頼獲得も
メンバーの巻き込みも期待できる
イノベーション系のプロジェクトは誰が主導するかによって3つのパターンに大別できます。1つは経営層がイノベーションを牽引する「トップダウン型」。2つ目が血気盛んな20~30代が盛り上がって始まる「ボトムアップ型」。3つ目が既存業務のパフォーマンスが高い優秀な中堅人材がリーダーとなって進める「エース主導型」です。
それぞれ一長一短あって、トップダウン型は上層部が承認しているので意思決定が早く推進力があるけれども、集められたメンバーに熱意や自発性が欠けると成果が出にくいという面があります。召集されるのは優秀な人たちですからパフォーマンスは高いけれども、イノベーションそのものへの執着が薄いので、プロジェクトの期間中はバツがつかないようにやり過ごして次のチャンスを待つような雰囲気が流れてしまう。結果として人材育成プロジェクトとして終わってしまいがちです。
ボトムアップ型は若手や中堅でやる気のある人が言い出して、モチベーションも高くて出だしはいいんですけど、社内や上層部ヘプロジェクトを周知させたり、アイデアを具体的に練磨させる努力をせずに1年、2年と続けた場合、結果として勉強会や研究会としての位置付けに終わってしまいがちです。
一番成果が出やすいのが3つ目のエース主導型でしょう。上層部からの信頼獲得もメンバーの巻き込みもどちらも期待できますし、エースとしての実績が信頼につながって先行きを見通しにくいイノベーション・プロジェクトに参加するメンバーの不安を軽減します。つまり、「この人がリードするプロジェクトであれば、任せてみよう、ついて行ってみよう」という、前向きな雰囲気が組織全体に醸成されやすいのが、このエース主導型です。
イノベーション創出のプロジェクトチームは特殊部隊
i.labがコンサルタントとして参加したイノベーション事例に三菱重工グループの「プライベート・ウォーターシステム」がありますが、これはエース主導型です。開発リーダーの八木田寛之氏が発奮して上司に働きかけてプロジェクトを立ち上げ、うまく舵をとりながら経営層ともコミュニケーションを取って全社的なイノベーション創出活動に拡大させていきました。
ソニーで行われている事業開発プロジェクト「SAP」は、社長直轄の取り組みということでトップダウン型に見えますが、その取り組みの発端のエピソードや実質的に先頭を走る担当部長は優秀で社内の信頼も厚い方であり、タイプ的にはこちらもエース主導型と思います。スマートロック「Qrio(キュリオ)」を世に出すなど、2014年に始めたプロジェクトですでに実績を挙げているのはさすがですね。
プロジェクトの発端がトップダウンでもボトムアップでも、プロジェクト進行中はできるだけエースが先頭を走っているような状況を作ることがプロジェクトをうまく進めるコツのように思います。イノベーション創出のプロジェクトチームは言ってみれば特殊部隊なんですね。現場で不測の事態が発生しても、自己完結的に自分の身を守りながら、人質救出や急襲といった任務を全うするわけで、豊富な経験を元に臨機応変な対応ができる人がプロジェクトの先端に位置することで、その後ろにある組織の巻き込みにもつながっていきます。
先ほどパターンは3つと話しましたが、おまけでもう1つ考えられるのは、外部からイノベーションを起こす人を連れてくる「ビルトイン型」です。適切な人材が社内にいないなら、アイデアの原石を持つ起業家を社外から探すわけです。大企業が主催するアイデアソンやアクセラレーションプログラムの本質的な意図はそこにあるように思います。ただプロジェクトチームのリーダーとして据えるとなると、権限の付与や社内メンバーの融和性など解決すべき課題はいくつかあるでしょう。これについてはもう少し検討を進めていきたいと思っています。
いずれにせよ、エース主導型のチームメイキングで、なおかつプロセスがきちんと構築できれば、一定の成果が出せる見込みは高まります。例えばi.labがプロセスを作り、リーダーを務めるのが社内のエースの方だとしたら確率がぐっと上がるという感触を持っています。
経営層は新市場型破壊的イノベーションの本質を理解しているか
どのタイプのプロジェクトであっても、今求められているイノベーションが新市場型であるとマネジメント層がしっかり認識しているかどうかは重要なポイントです。
プロジェクトのメンバーは新市場の創出を目指していろいろ提案するけれども、上層部に「市場規模はどれくらいか」「売上はどの程度か」と追及されるケースを多く見聞きします。
この問いかけは持続的イノベーションやローエンド型の破壊的イノベーションなら意味がありますが、市場創出型の破壊的イノベーションではナンセンスです。特に現場から叩き上げのマネジャーは既存事業業務もしくは既存市場の中での商品・サービス開発などでパフォーマンスを上げることをミッションとしてきたので、まだ存在しない市場を開発する発想そのものが希薄なんですね。
今やろうとしていることは不確実なものを作ろうとしている取り組みなんだということが十分に分かっていないと、メンバーと齟齬が生じてプロジェクトも尻すぼみになってしまうでしょう。トップダウンでイノベーションが進められたとしても、肝心の経営層が既存の市場でいかに戦うかという旧態依然とした思考にとらわれていてはプロジェクトは十分に機能しません。市場を開発する挑戦は、既存市場の中で競争するのとは取り組み方が違うわけで、経営上のリスクマネジメントも新しい視点が必要になるという認識が問われます。
人工知能を使って自分のアバターをメンターとして活用してみたい
また、現場を率いるリーダーのメンタリングをどのようにして行うかということも、イノベーション・マネジメントの課題として挙げられるでしょう。
既存事業業務は周回性があるので、リーダーが何に困っているかマネジャーも把握しやすいですし、知見としても教えられるものを持っています。しかし新しい課題に立ち向かっていかなければならないイノベーション・プロジェクトでは、それが難しいのが実情です。ではどうするかといえば、高次の視点で自分を見つめるメタ認知の能力がカギになると思います。
私自身、i.schoolやi.labの活動でプロジェクトの先端を走ることが多いのですが、振り返ってみると自分にとっての一番のメンターもしくは議論相手は自分自身だったりするんです。自分の中の別人格が高次の視点からダメ出しをしたり、解決策を提示してくれるようなイメージです。もちろん教授や先輩に相談するときもありますが、それは時間に余裕があるときしかできません。切羽詰まったときは自分で活路を切り開かなければならないのです。
メタ認知によるセルフメンタリングのいいところは、当然のことですがメンターが自分と同じ経験値を持っていること。自分より経験が豊富でも、反対に経験が浅くても、おそらく課題認識にズレが生じますが、それがないところは大きなメリットと言えます。自分とほぼ同じ知識と経験のある存在が、高次の視点を持ちながら、意見を戦わせることが出来ます。
このメタ認知能力をどのようにトレーニングできるかを、最近i.schoolで考えていきたいと思っているのですが、さらに先にはひょっとするとトレーニングをしなくても人工知能をメタ人格として活用できるかもしれないと考えているところです。
自らの執筆してきた論文や資料、SNSなどでの発信情報、ライフログデータ、行動特性を診断する設問などを分析することで、今この瞬間に自分とほぼ同じ知識量があり、思考・行動特性も似ているメタ人格ができるかもしれません。 メタ認知を外部化するような感覚で自分のアバターがメンターや議論相手として存在してくれるなら面白いし、イノベーションに臨む際も心強いと思います。
WEB限定コンテンツ
(2016.7.26 台東区のi.labオフィスにて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Tomoyo Yamazaki
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横田幸信(よこた・ゆきのぶ)
東京大学i.school ディレクター、i.lab マネージング・ディレクター。NPO法人Motivation Maker ディレクター。九州大学理学部物理学科卒業、九州大学大学院理学府凝縮系科学専攻修士課程修了、東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程中途退学。修士課程修了後は、野村総合研究所にて事業戦略や組織改革、ブランド戦略などの経営コンサルティング業務に携わり、その後、東京大学先端科学技術研究センター技術補佐員及び博士課程学生を経て現職。
イノベーション教育の先駆的機関である東京大学i.schoolではディレクターとして活動全体のマネジメントを行う。現在は、イノベーション創出のためのプロセス設計とマネジメント方法を専門として、大学及び産業界の垣根を超えたコンサルティング活動と実践的研究・教育活動を行っている。