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兼業で「経済基盤の安定化」と「働き方の自由度向上」を両立

豊かな社外ネットワークがイノベーションの源泉となる

[山口周]コーン・フェリー・ヘイグループ株式会社 シニア・クライアント・パートナー

ビジネスにおける意思決定に直感やセンス、わがまま、好き嫌いといった「美意識」を取り入れることが企業の競争力につながると同時に、働く個人も個性を生かし、いきいきと活躍できると前編で説明しました。

経営層やマネジャーの意識改革によってこれが実現する会社もあると思いますが、企業規模が大きいとどうしてもアカウンタビリティが求められ、結果として論理や分析に頼らざるを得なくなります。イノベーションがなかなか起こらない、働き手が疲弊しているといった日本経済の膠着の遠因には、企業規模が大きくなり過ぎたこともあるのではないでしょうか。

これを改善するための方策として考えられるのが、労働市場の流動性を高めること、そして働き手が複数のスモールエンティティ(小規模組織)に参画することです。

「その会社に勤め続けること」は労働力の投票である

仕事で美意識を打ち出す以前に、自分の職場では思ったことも言えないと不満を持つ人もいるでしょう。お酒の席で勤め先の愚痴を延々とこぼす人も見かけます。でも、どうしても我慢できない会社なら辞めればいいんです。

その職場に勤め続けることは、選挙で政党に投票するのと同じで、経営者・マネジャーのビジョンや労働環境に賛同し、その事業に参加したいという表明でもある。その会社に自分が所属していることの責任は自分が負っているわけです。従って、その会社に共感できない、その事業に加担したくないと思えば他へ移ればいいだけの話です。

しかし、日本は労働市場の流動性が低いので、こうした労働力の投票がうまく機能していません。自分の労働力、時間、もっと言えば人生を、どんな会社に、どんなビジョンを描くリーダーに投入するかということも、投票と同じで選ぶ側の責任が問われる。その自覚が働き方の多様性を広げていくことになると思っています。

悶々とした状況にいる人は、もっとわがままになっていい

嫌なら辞めればいいと、最初からこんな風に思い切れていたわけではないんです。5、6年前の話ですけど、以前勤めていた会社でプチうつ病みたいな状態が2、3年続いたことがありました。好奇心からいろいろな案件にコミットしたいという思いが芽生えたものの、その会社ではそれは絶対ダメだ、会社にフルコミットしろということで叶わなかったんです。

やりたいことができない、でも家族を養っていかないといけない――。どうしても会社を辞めるわけにはいかないと自分で自分を縛り付けていたんですね。それで袋小路にはまって、どうしてこんなに生きていて楽しくない感じになっちゃったのかと、本当につらかったです。でもコーチングなどをいろいろ受けて、やりたいことを追求するのは悪いことじゃない、もっとわがままになっていいんだと少しずつ目が覚めていったんです。

それでその会社を辞めて、今の会社に転職しました。ここでは正社員ですけど、平日のコアタイムに会社の仕事をすれば副業も構わないということだったので、今では自分がやりたいように本も出版するし、ワークショップもやるし、書店のようなウェブサイト* の運営もしています。

会社以外の仕事は平日の早朝と夜、それに土日に行うので、24時間ほとんど何かしているという働き方改革の真逆を行っています(笑)。でも、それで僕はすごくハッピーなんですよね。お金にならない仕事も多いけれども、楽しいから没頭できるし、この状態が全く苦にならない。

何につらさを感じるかは人それぞれですけど、いずれにせよ自分の欲求を押し殺すことは本当に良くないです。かつての僕と同じように、いま悶々とした状況にいる人に対しては、もっとわがままになっていいんじゃないかなと言ってあげたいし、他の誰が選んだ会社でもない、自分が選んだ会社で、しかも毎朝会社に行くか行かないかの判断は自分に任されているということも思い出してほしい。「山口さんは恵まれている。自分の会社では好きなことなんてできません」と言われることもあるけれど、恵まれているんじゃないんです。悩みながら選び取ってきた結果なんです。

複数の会社にコミットして経済基盤のリスクヘッジを図る

勤め先で何か不満や理不尽なことがあっても声を上げずに我慢するのは、その会社に生活を依存しているからですよね。でも、この先行き不透明な時代、1つの会社に依存することにはリスクが伴います。大きな会社はつぶれないと思うからしがみつきたいという心理も理解できますが、規模に関わらずどんな会社にも倒産や経営悪化の可能性があると考えておいた方がいいでしょう。

規模の小さい会社は経営が不安定かもしれませんが、働き口を見つけやすいし、社内のルールも比較的緩くて働き方の自由度が高い点も魅力です。そうして複数の小規模企業にコミットすれば収入源が複数確保できるのでリスクヘッジにもなるわけです。

もうここではやっていけないと思ったら潔く辞めることができるし、仮に1つの会社が倒産しても、例えば3つの会社に勤めていれば他の2社からの収入で生活費の66パーセントは確保できる。その間に別の会社に就職活動をしたりして、10年くらい経つと3つの会社は全部入れ替わっているかもしれません。細胞が入れ替わって生体が維持されるのと同じシステムですよね。

世の中全体にこういう働き方が広がれば、例えば午前中はA社の仕事、午後はB社の仕事という具合に、より柔軟に時間を使えるようになるでしょう。そうなると働き手の個性や強みもより問われるようになるので、センスや直感も重視されるようになると思います。


コーン・フェリー・ヘイグループはリーダーシップ開発の領域で世界最大のコンサルティング会社。米国フィラデルフィアに本拠を置き、世界約50カ国に90近くのオフィスを構え、組織・人材に関するコンサルティングサービスを提供している。
コーン・フェリー・ヘイグループ株式会社は、日本におけるコーン・フェリーのアドバイザリー部門。人材・組織開発、エンゲージメント向上などを通じて、クライアントのビジネスを支援している。1979年設立。
http://www.haygroup.com/jp

* 山口氏の運営するウェブサイト「Leibniz!(ライプニッツ!)」。目利きである山口氏が多彩なジャンルから選び抜いた「リベラルアーツ=自由に生きる術」の学べる作品を紹介している。
https://leibnizbooks.blogspot.jp/


「その会社は働くに値する会社か?」
情報の非対称性を改善する指標作成を構想

労働力の流動性が高まると必要になってくるのが、労働市場向けの会社ガイドです。その会社のウェブサイトや財務諸表のような通り一遍の情報ではなくて、例えば働き手の豊かな人生にきちんとコミットしているか、商品やサービスを通じてどのように社会貢献しているか、商品製造過程でどれくらい環境に負荷をかけているかといった、真・善・美に基づいた情報をいくつかのインデックスで測って公表するのです。

“面白法人”を掲げる株式会社カヤックの代表取締役CEO・柳澤大輔さんが発起人となって、鎌倉周辺に会社や自宅がある人たちを集め、「鎌倉資本主義」というコミュニティが作られています**。株式会社スマイルズの代表取締役社長・遠山正道さんや、鎌倉投信株式会社の取締役・資産運用部長である新井和宏さんなどもメンバーで、計50~60人でワークショップをやったりするんです。その中で出た1つのアイデアとして、そういうものを勝手に作って勝手に発表したら面白いんじゃないかという意見が出たんですね。

株主を意識した財務諸表は公開されているけれども、取引先だとか、そこで働こうと思っている人にとって本当に重要な情報はあまり表に出てこない。つまり情報の非対称性があるわけです。その会社が働くに値する会社なのか、どういう価値基準で意思決定しているのか、働いている人がどれくらい活き活きと仕事を楽しんでいるのかといった、一番知りたい情報を多少なりともオープンにしようという意図です。

今の日本企業は、会社の時価総額を上げろという圧力が株主市場から上がることはあっても、世の中をもっとよくするような事業をしたり、社員がわくわくできる環境を作ったりといった圧力はどこからもかかっていない状況にあります。

アメリカではBコーポレーションというNPO団体がそうした観点から企業を評価・公表していますが、そういうパブリックな指標があれば世の中にインパクトを与えられるのではないか。例えば低いスコアがつくと就職マーケットで不利になるとか、場合によっては法人税が上がるなどの仕組みができるかもしれません。まだ全然形になっていないですけれども、世の中の需要は確実にあると思いますし、着手したら展開は早いでしょうね。

社員のソーシャルキャピタルの和が企業価値を左右する

社員がいろいろな企業で仕事をすることで、企業自体にもポジティブな影響があると思います。その最たるものは、ネットワークが拡大して、オープンイノベーションが起こりやすくなることでしょう。

従業員の人が持っているソーシャルキャピタル(社会資本)がありますね。分かりやすいものでは人脈がそうです。人脈が社内で閉じている会社と、社外に開けている会社があったとしたら、後者の方が社外に人脈があるわけですからアイデアを組み合わせる可能性が増えます。つまり、イノベーションが起きやすいということです。

例えば僕は以前電通に勤めていましたが、電通という会社はソーシャルキャピタルが外側に重くなる傾向があります。広告代理店の業務は社内だけでは完結できなくて、デベロッパーや制作会社、アーティストなど、必ず社外の専門家と組まないといけないんですね。つまり仕事を実施するたびにソーシャルキャピタルが外部に増えていくわけです。

この状態を敷衍すると、電通社員が持っているソーシャルキャピタルの合計が電通という会社のソーシャルキャピタルになっていると言えます。クライアントはそれを価値として見ているんです。何かイベントをしたいとか広告を打ちたいとなったとき、電通に相談すれば、電通が窓口となって各方面の専門家をつないでくれる。それが電通という会社の存在価値というわけです。

組織は社員の兼業を認めることでメリットを享受できる

分かりやすい例として広告代理店業を挙げましたが、今言ったことはどんな業種、業態の会社にもおおむね通じます。

社員がどういう人と仕事をしたか、それは何人かといったことを整理するとソーシャルグラフが出来上がります。社外に多く人脈を持つ人がいれば、ネットワークの多様さが組み合わせられる変数の大きさにつながるので、イノベーションが起こりやすくなる環境の醸成につながると考えられるでしょう。これが兼業を容認することの一番大きなメリットだと思います。

外で仕事をしなくてもソーシャルキャピタルは増大させられるという意見もあるかもしれませんが、異業種交流会や趣味のサークルでちょっと交流するだけでは、相手の専門性や仕事へのスタンス、言ってみれば信用と評価を測ることは難しいのが実情です。一緒に仕事をすることでしっかりした信用できるネットワークを社外に築くと同時に、お互いの持っている能力を熟知できる。その関係性がキャピタルになるわけです。

社外の人との交流で遊びの側面があってもいいと思いますが、やはり何かしら責任を分け合って課題を達成することでソーシャルキャピタルが外側にどんどん厚くなります。外側に厚くなればなるほど、社内で何か起こったときに問題解決の能力も上がるし、イノベーションの確率も高まっていく。組織は社員の兼業を認めることでさまざまなメリットを享受できるのです。

WEB限定コンテンツ
(2017.10.30 千代田区のコーン・フェリー・ヘイグループ オフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri

** 「鎌倉資本主義」について柳澤氏がまとめたメモがカヤックのウェブサイトにアップされている。 「#面白法人カヤック社長日記 No.27 『鎌倉資本主義』について まとめた際のメモを公開します。」
https://www.kayac.com/news/2017/06/yanasawa_blog_vol27

ワークサイトではカヤック・柳澤氏や鎌倉投信・新井氏を取材している。記事はこちら。

カヤック・柳澤氏
前編「会社の闘い方に合ったワークプレイスを創造する」
後編「衛生要因を超えた成果を出すには“深い思想”が必要になる」

鎌倉投信・新井氏
前編「『まごころの投資』で企業価値を底上げする」
後編「『いい会社』を応援する枠組みを残す。それが私の全て」

山口周(やまぐち・しゅう)

1970年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て、組織開発・人材育成を専門とするコーン・フェリー・ヘイグループに参画。現在、同社のシニア・クライアント・パートナー。専門はイノベーション、組織開発、人材/リーダーシップ育成。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?――経営における「アート」と「サイエンス」』『外資系コンサルの知的生産術――プロだけが知る「99の心得」』『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』『天職は寝て待て――新しい転職・就活・キャリア論』『グーグルに勝つ広告モデル――マスメディアは必要か』(岡本一郎名)(以上、光文社新書)、『外資系コンサルのスライド作成術――図解表現23のテクニック』(東洋経済新報社)『外資系コンサルが教える 読書を仕事につなげる技術』(KADOKAWA)など。

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